ようこそ!

 

日々前進

小泉裕美のブログ - 革新と成長 へ ようこそ!

 

いくつになってもどんな会社で働いていても、その道の”プロフェッショナル”と呼ばれ続けたいと思いませんか?そのためには、世界、日本、会社、自分の周りの環境がどう変わっていくのかを常に考え、その革新のスピードよりも早く自分を成長させることが必要です。

私自身、長い間わかっていながらなかなか実行に移すことができませんでした。

その反省からこのブログを立ち上げました。

当たり前のことですが、革新を継続しながら成長できれば、事業を起こしている方にとってはご自身の会社の成長、お勤めしている方はその会社でのキャリアアップ、あるいはもっと自分が活かせる会社への転職が可能になります。

どんなに小さな事でも実行に移しましょう!

ずっとこれから同じ状態にとどまることに満足せず、自分から変化を求めて成長へとつなげていきたいと考えています。 

このブログで発信する情報が少しでも皆様のお役に立てることを願っています。

 

小泉裕美 

お知らせ

2016年は心機一転がんばります!

 

2015年は”溜め”の1年でした。

2016年はアウトプットの1年に!

 

今後ともよろしくお願いします!

 

 

 

最新情報

2016年1月9日       「水を守りに、森へ」という本

久しぶりに一気に本を読みました。

タイトルは、「水を守りに、森へ」という山田健さんの著書です。

私の勤めている会社でも、アメリカの本社がSustainabilityの取り組みについてはかなり神経質になっています。そうはいっても、サントリー社もさすがですね。・・・続きを読む

2015年12月31日 やっぱり日々の真摯な取り組みが鍵

なんと長い間ゆっくりと記事を書く気持ちにならなかったのか。

まずはそこから書いてみようと思いました。・・・続きを読む

2015月05月31日   チャレンジの連続

しばらくお休みをしてしまっていてすみません。

一段落ついたというよりは少しは休め!と身体に要求され、しかたなく安静にしているので、せっかくだからちょっと書いてみようと思った次第です。・・・続きを読む

2014年12月31日 年の瀬のインフルエンザ

26日、笙のおけいこ終了後、帰宅途中の地下鉄の中でありえないほど寒気に襲われました。

そのあと、伊豆熱川へ向かう途中発熱。翌日病院の検査でインフルエンザA型とわかり、私の休暇の予定は大幅に狂いました。・・・続きを読む

2014年12月12日 今年の振り返り

企業は中・長期計画をベースにして次事業年度の目標を定める際、それまでの業績を振り返って、目標に対してうまくいったこととうまくいかなかったことをまとめ、改善・改革を目指します。

そこで考えました。

「私の中・長期計画ってなんだっけ?」   ・・・続きを読む

2014年10月05日 新しいチャレンジ

“このままでいいのだろうか?このまま同じ部署にいても新しく学んで付加価値を提供できるものは少ないような気がする”

今の仕事を始めてから既に8年目に突入しようとしていた今年の夏、たまたま一息ついている時、いつもは見過ごしてしまう社内空きポジション公募メールを立て続けに3通みつけました。 ・・・続きを読む

2014年09月28日 しあわせって何?

私たちの多くは、日々、何事もなく普通に仕事をしたり、商売をしたり、いつものルーティーンをこなしていることが多いですね。当たり前のことを当たり前のようにこなしています。当たり前のことができることへの感謝をすることなんてほとんどないですね。

では、自然災害で被災した方々はどうでしょうか?・・・続きを読む

2014年09月26日 多様性

先日、日本政府、経団連、日経新聞、日本国際問題研究所主催の公開フォーラム、「女性の力を成長の源泉に」という国際シンポジウムに参加してきました。

これがまた錚々たるメンバーで、安倍信三内閣総理大臣、クリスティーヌ・ラガルド国際通貨基金専務理事、安倍昭江内閣総理大臣夫人、シェリー・ブレアー元イギリスブレアー首相夫人・・・続きを読む

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「水を守りに、森へ」という本

久しぶりに一気に本を読みました。

タイトルは、「水を守りに、森へ」という山田健さんの著書です。

私の勤めている会社でも、アメリカの本社がSustainabilityの取り組みについてはかなり神経質になっています。そうはいっても、サントリー社もさすがですね。

タイムスパンが半端ではないです。森を育てて、持続可能な水を育てるのに20年かかるそうですよ。しかも、ただ植林をしても自然保護や水をはぐくむことにはならないということははじめて知りました。

森の育成に、CSRではなく、科学的に分析した上で事業として取り組めるサントリー社の経営環境はうらやましいです。

 

著者もびっくりしたそうですが、そもそも、ウイスキーやワインを造るのに時間をかけることが当たり前だとわかっている会社なので、20~30年かけてやるプロジェクトなんて途方もなく長く、承認されるはずはないと普通は考えますが、彼らにとってはそんなに長くないのですね。短期利ざやをねらってばかりいる投資家や株主が多い会社ではありえない決断です。

 

以前、“森が日本を救う”という記事を書きましたが、森があれば日本だけでなく世界が救えと思うようになりました。ただ、持続可能な森を作るには大変な努力がいることは、この本によると、確かなようです。その土地と気候にあった木々や草、鳥たちも含めて豊かな自然がはぐくまれるような活動をしない限り、エネルギーも水も枯渇してしまいます。

高度成長期に短期的問題解決と短期的利益至上主義がもたらしたツケは子孫に渡さずに今から解消しなければなりません。

 

水は製造業であればどんな企業でも使う資源なのですから、持続可能な環境を作り出すことは事業の一環だと考えるべきです。同じように、株主・投資家もそう考えるべきですね。

そういうと、そんな余裕はうちにはないとか、自分の利益が減らされるとか、慈善事業をやっているわけではない!と強く思う経営陣や投資家は五万といると思いますが、持続可能な環境を保たなければ会社だけでなく自分たち自身の存在も危ぶまれるようになる事実は受け入れる必要が出てきたのだと改めて思いました。

 

この分野は私にとってまったく新しい分野なので益々勉強してみたいです。

やっぱり日々の真摯な取り組みが鍵

なんと長い間ゆっくりと記事を書く気持ちにならなかったのか。

まずはそこから書いてみようと思いました。

 

まずは余裕がなかったですね。

 

全く今まで経験のない分野のことを1から始めるには労力がかかることがわかっていながらフリーエージェント制のような制度を使って新しい部署に異動したのが2014年10月。

2015年1月に組織の再編成で上司がいなくなり、4月に同じ部署の別のチームに配属になって、2014年10月当初の予定業務とはまったく違う事をすることになった戸惑いは大きかったです。

ま、サラリーマンなのですから仕方ないことではありますが、何をすべきなのかの明確な支持がなく、また、自分が希望した業務とは全く別のことを強いられ、「これやっておいてね」的な言葉が残されたまま放り出される弊社のやり方ではきっとほとんどの人が辞職していくような環境ではなかったかと思います。もちろん、考えましたよ、転職。

でも新しい部署で何も成果物がなく転職活動をしても、“売り”になるものがないですから、先ずはなんでもいいから自信が持てる成果物を作ることにがむしゃらでした。

そして、できましたよ、2,3!

 

しかしよくがんばったなあ〜。長い道のりでした。私は偉い!

 

あとは、その成果物をもっと発展させて自分のエクスバティーズにしてしまえばいいのです。暗中模索でも日々真剣に仕事を積み重ねると、「もっとうまい方法はないか」「どうしたらよい戦略に結び付けられるのか」と前向きに取り組むことができるようになり、その中で興味もどんどんわいてくるようになります。

やはり、“今を生きる”ことは、運命を開くときの基盤になりますね!

 

というわけで、2015年は新しいエリアで成果が上がってきたことをやっと年末になってご報告できた次第です。

来年はもう少し頻繁に書けるくらいの余裕が持てそうです。

 

さて、転職は?

もうちょっと先かな?

チャレンジの連続

しばらくお休みをしてしまっていてすみません。

一段落ついたというよりは少しは休め!と身体に要求され、しかたなく安静にしているので、せっかくだからちょっと書いてみようと思った次第です。

 

昨年10月からとにかく変化が目まぐるしく、新しいことにチャレンジすることで今まで気づいていなかった色々なことに気づかされることが多くなりました。また、今まで疑問であっても会社内の受け皿がなく、自分としては、“これは競争優位性を失うことになりかねない”と思っていたことを積極的に部内でぶつけることができるようになったのはとても喜ばしことです。

 

仕事が面白くなった分、知らず知らずのうちに体調管理がうまくできなくなっていたのはプロとしてちょっと恥ずかしことですね。今後は少しスローダウンしないと・・・。

 

今までの仕事のやり方を変えなければと日々学ぶことが多くなりました。それは、分析やrecommendationの発表の相手が極端に変わったからだです。そもそも人の前で話すことについては全く問題がないのですが、audience(発表相手)が変わると資料の作り方もロジックの組み立て方もまったく変わります。

当たり前のことなのですが、同じ部署に長くいると疑問に思わなくなるのです。改めて痛感しました。

 

また、分析のもとデータについても、それを掘り下げていこうにもデータが存在しないと思っていたのですが、逆にどんなデータが必要なのかを考えるようにもなりました。

原点に立ち返って、“何も知らない人でも理解できる資料を作り、簡潔に説明する”訓練も引き続き続けようと思います。

 

今経験している新しいチャレンジの連続は、今後の仕事へのcapabilityの広がりにとても貢献していることは明らかです。新しいものを生み出すための苦しみはしばらく続きます。

 

とはいえ、今までアクセスのなかった事象や資料が山のように毎日飛んできて読むだけでも大変です。体調コントロールをしながらもう少しブログアップの頻度を上げていきたいです。

 

がんばろう!

年の瀬のインフルエンザ

26日、笙のおけいこ終了後、帰宅途中の地下鉄の中でありえないほど寒気に襲われました。

そのあと、伊豆熱川へ向かう途中発熱。翌日病院の検査でインフルエンザA型とわかり、私の休暇の予定は大幅に狂いました。

 

とはいえ、SNS等でつながっている皆様からは、「神様が休養しなさい!といっているのですよ」「ゆっくり養生してください」等、なにもしないことを推奨してくださるありがたい励ましの言葉をいただき、大晦日を迎えています。

何もせず、身体を休めることができた年末休暇に感謝ですね。

 

掃除はほとんど主人が受け持ってくれ、掃除機をかけていると狭い部屋でほこりが立つだろうと都市部のホテルを取ってくれました(支払いは私ですが(笑))。

あとは実家の両親と静かな大晦日の年越しそばを食べながら談笑するのみです。

 

今年も皆様のおかげで仕事もプライベートも充実して過ごすことができました。

どうか来年は皆様にどしどし幸運が訪れますように祈りながらゆく年を惜しみたいと思います。

 

良いお年をお迎えください!

今年の振り返り

企業は中・長期計画をベースにして次事業年度の目標を定める際、それまでの業績を振り返って、目標に対してうまくいったこととうまくいかなかったことをまとめ、改善・改革を目指します。

そこで考えました。

「私の中・長期計画ってなんだっけ?」

  1. 一生現役!とはいえ80歳を過ぎたら無理をせずに
  2. 70歳までは週に3日はフルタイム(あるいは週に20時間)
  3. 65歳まではコンサルタントとして週5日残業なしのフルタイム
  4. 60歳までは現在の会社で経営者としての経験を積む
  5. 55歳までは経営戦略本部でマネジメントコンサルタントの必要条件をばっちり学ぶ

 

今年異動したばかりでマネジメントコンサルタントとしての経験はまだまだ浅いため、あと3年かけてみっちりしごいてもらいたいです。

55歳を過ぎた頃には、今の会社か別の会社で腕試ししないとダメでしょうね。そこで5年。その間に将来の顧客探しですかね。

そのあと60を過ぎたら体力もなくなってくるでしょうから独立して残業なしでフルタイムに働いて多少の収入は確保。

65を過ぎたら無理をしない程度に年収も半分くらいまで落として良いかな・・?

 

さて、そこで今年の振り返りですが、いや〜色々ありました。

今年5月にメニエル氏病になってから、ぐっと体調が悪くなり、体力もなくなり、漢方薬が4種類に。

それなのに社内公募で応募した経営戦略本部に合格してしまい10月1日から異動。このおかげで

A)     好きなフラメンコの踊りを11月の発表会を最後にいったん中止して仕事に集中

B)     統計学の勉強を始める

C)     英語の文法書の勉強を始める

D)    月―金の朝NHK WorldのNewslineを通勤途中スマホで欠かさずに見る

 

特に、経営戦略本部の会議は英語で行われるため、表現力と経済・ビジネスのボキャブラリーを強化しなくならなくなりました。また、予測モデルを作るため統計学(ベイズ統計学)の知識が必要となってきました。

等々、勉強しなければならない事が増えて、知的好奇心が刺激され続けています。

まだまだ改善が必要なことは、“落ち着いて着実に行動する”ですね。

 

仕事がもう少し落ち着けば、好きなフラメンコの踊りも復活、馬術も大会出場を目指せると思います。更に年末は早めに休暇がとれるので、伊豆や高山でゆっくり読書をする予定です。

 

何はともあれ変革を継続して成長を目指すことに変わりはありません!

新しいチャレンジ

“このままでいいのだろうか?このまま同じ部署にいても新しく学んで付加価値を提供できるものは少ないような気がする”

 

今の仕事を始めてから既に8年目に突入しようとしていた今年の夏、たまたま一息ついている時、いつもは見過ごしてしまう社内空きポジション公募メールを立て続けに3通みつけました。どれもこれもいまいちピンと来なくて、「ま、そう簡単に興味のある仕事はないなあ」と漠然と思いながら3つ目の公募メールを見た時に、久しぶりに“面白い!やってみたい”と思う案件を見つけました。しかも、職務級は今と同じ。ハードルはそれほど高くない。とはいえ締切日を見たら3日後!さあ、困った。上司になんて言って受けさせてもらおう?!悩んだ挙句、「この仕事に興味があるので、ダメもとで受けさせてもらえますか?」とメールを打ってみました。

 

快諾をもらってから、面接2回、試験1回、最終面接と、予想外に進んでしまい、結局、10月1日付の異動となりました。そしてあっという間に異動日。異動してからまだ3日しかたっていませんが、今までと全く違った経営戦略系の部署なのと、部署のトップのノルウェー人の方が大変頭がよろしいせいか、とにかく、仕事の進め方が早い、早い。今までの部署は、慎重に慎重を重ねて様子を見て各部署からの調整が終了してから進めないと、あとで問題が起こっていましたが、この部署ではそんなことをしていたら間に合いません。面接の時に、仕事のスピードを上げないとついていけないだろうな〜と漠と思っていましたが、その通りでした。それ以上にあまりにも秘密裏に行わなければならないことが多く、他部署に何か聞きに行くにも状況を説明しにくいということもわかりました。コミュニケーション能力が問われます。既に最初の案件の出だしでフライングをしてしまい、元同僚に迷惑をかけてしまったので、自分の手綱をしめないと・・・。

 

とにかくこの1カ月は“落ち着いて、着実に、ほほえみを持って(心にゆとりを持って)仕事をする”と決意しました。 緊張する一方、休憩時間等では、今後、マルチナショナルカンパニーの日本法人としてどうしていくべきかという建設的な議論ができたりするのでとても楽しくもあります。この部署に慣れさえすれば、新しい事を学びながら貢献していくことは可能ではないかと思います。

 

 早く新しい環境になれて、自分の能力向上の為にチャレンジをしたいです!

しあわせって何?

私たちの多くは、日々、何事もなく普通に仕事をしたり、商売をしたり、いつものルーティーンをこなしていることが多いですね。当たり前のことを当たり前のようにこなしています。当たり前のことができることへの感謝をすることなんてほとんどないですね。

 

では、自然災害で被災した方々はどうでしょうか?

 

ありえないような大きな地震、津波、地すべり、洪水。近年日本では今までに無いような大きな自然災害によって、“当たり前”の生活を送れなくなった人がどれだけいるのでしょう・・・阪神・淡路大震災の時の避難者数は24万人弱、東日本大震災の時は33万人ほど。その他洪水や地すべりを経験して日常の“当たり前”がどれだけ幸福なことなのかを思い知らされた人はどれくらいいるのでしょう。

 

東日本大震災後、アメリカ政府と米日カウンシルが主導してTOMODACHIプロジェクトという民間パートナーシップが立ち上がりました。両親を亡くしたり、兄弟を失ったりして傷ついている子供たちを支援するプロジェクトです。このプロジェクト参加者の19歳の日本人女子学生が、アメリカのNPO団体の代表と一緒に私の働いている会社でHappinessについて2時間にわたってワークショップをしました。

ワークショップの本来の意図はどこにあったのかはよくわからないですが、私なりのTake away pointは下記の通りです。

1)誰でも心に光を持っている

2)自分の持つ光を輝かせる

3)笑顔は科学的にも脳に幸せを感じさせる

4)受身の幸せ(Circumstantial Happiness)と自ら作り上げる幸せ(Synthetic Happiness)

5)自分のDark Sideを正直にさらけ出し・新しいつながりを作ることで生み出される新しいHappiness

6)Happinessは笑顔で他人に伝えられる。伝える努力をする。

7)他人のよいところをほめる

 

ひねくれた(?)人が多い私の会社では、ワークショップ終了後、”これって宗教っぽくない?”って笑い話をしていました。確かに、1)が出てきたときは、”まさか、会社で?!”と思いました。素直でないですね(笑)。ある意味、会社という組織自体、社員や消費者を洗脳して幸せを感じさせながら利益を追求する宗教団体のようなものではないでしょうか。開発した商品は必ず消費者が欲していると限られたデータに基づきストーリーラインを作り、必ず成功すると信じて販売する。そうでもしなければ売り上げ責任を持っている方々はやってられないですよね。

 

さて、話を元に戻しましょう。

 

私は日本人ですが、どうも普通の日本人と同じ幸せの定義を持っていないことに気づいています。なぜなら、多分自分の価値観を自分の目線で見出すことをアメリカ留学中に学んだからかもしれません。周りに居る日本人には、男女問わず、幸せを相対的に測る人が多いような気がします。それは幸せ=優越感と考える人が多いからなのではないかと感じる時が多々あります。“今の自分は、あの人よりは幸せ”、“あの人は大きな家に住んでいて高級車に乗っていて幸せだろうな”等々。皆さんは、自分がどんな状態にあるときが幸せなのかを考えることはありますか?

前述のワークショップに参加してあらためて気づかされたことがあります。日本人であろうがアメリカ人であろうが、人間が幸せを感じるときは、笑顔が出るときなのです。

震災を経験し、家族も生活の基盤も失った人が笑顔を取り戻すために、あるいは、戦地で命を守ることが総てを優先する人々や男尊女卑のひどいエリアで奴隷のような生活を強いられる女性たちは笑顔を見せることは少ないでしょう。では、普通の生活を送っているような私たちはどうでしょうか?心のそこから笑顔を見せる時間は一日のうちに何分あるいは何秒ありますか?

 

自然災害、無差別殺人、交通事故等々、今の世の中、当たり前の生活が突然奪われて途方に暮れることが他人事ではなくなっていくような不安が少しずつ増えているように思えます。先ずは命を守るために備えられることは備えるようにして、日々、笑顔になれる時間を増やす努力をするのは大切なことだと思います。

職場でも家庭でも幸せだと感じる時間が少しでも増えるように努力してみてはいかがですか?ワークショップではFake it until feel it (うそでもいいから笑顔を作る。ほんとうに幸せだと感じるまで)と教えてもらいました。それくらいなら、できそうですよね?そしてその幸せの波動を会社ではチームメンバーに伝えることができれば仕事の効率も上がります。ご家庭で幸せの波動を家族に伝えることで、円満な家庭が築けることができます。どんな場所に居ても周りが幸せであれば効率よく幸せに過ごせることができますね。そんな小さな幸せがどんな状況が来ても継続できるように訓練することが必要だと考えています。

 

追記:この原稿を書き終わったのは9月23日でしたが、9月27日に御嶽山が噴火し死者・怪我人が出ていると報道されています。亡くなられた方、怪我をされた方、無事に逃げ伸びる事が出来た方々へも心よりお見舞い申し上げます。

多様性

先日、日本政府、経団連、日経新聞、日本国際問題研究所主催の公開フォーラム、「女性の力を成長の源泉に」という国際シンポジウムに参加してきました。

これがまた錚々たるメンバーで、安倍信三内閣総理大臣、クリスティーヌ・ラガルド国際通貨基金専務理事、安倍昭江内閣総理大臣夫人、シェリー・ブレアー元イギリスブレアー首相夫人、キャロライン・ブービエ・ケネディ駐日米国大使、ヒラリー・クリントン(ビデオ出演)、榊原経団連会長、その他著名人数名でした。

 

4時間半にもわたるシンポジウムだったのですが、私なりに要点をまとめると、1)女性が経済価値を生み出す活動から疎外されていることによる経済成長の機会ロス、また女性を積極的に経済価値創造活動へ参画させることによる企業の競争優位性の獲得の可能性、と2)更なる経済成長を妨げている文化的背景、女性の意識の低さ・あきらめ、及び男性の多様性受け入れへの嫌悪ということだったと思います。

 

パネルディスカッションの最後に日本人女性(外資系投資銀行役員だそうです)から出た質問は、「変われない日本人男性50代中間管理職の意志改革をいったいどうすすめるのか?」ということだったと思いますが、パネリストからの回答として、安倍総理が女性の活用をコミットしており、経済界から以前よりは積極的な女性役員登用案がでてきているので、これからは変わっていくし、変わっていかなくては日本は経済的にももっと遅れをとってしまうというコメントがありました。

一方、これは文化にかかわる問題なので、確かに難しいという声もありました。さて、本当に日本男性は変化を受け入れられるのか?と疑問に思いながら帰宅しました。

 

翌日のお昼のNHKでその日に開かれている会議で安倍首相が女性国際会議の席で、UN Womanの事務所を東京に開設というニュースが流れました。前日のフォーラム後には、もっと偉い人達が少人数で女性問題についての会議をしていると聞いていましたので、私の参加したフォーラムと何らかの関連性はあるのだと思いますが、UNWomanの事務所を作って、日本の女性よりももっとひどい扱いをうけているアジアの女性への国際協力を強化するのでしょう。その日の夜のニュースでは、女性役員を増やしたら税金の優遇措置がある等々その他国内の対策も発表されていました。日本の女性への対策は経団連も、政府に右に倣えということで、指針を掲げていますが、本当にその指針に合わせて日本企業が変化をしていくかどうか?男性中心社会で男性の和を保ちながらほんの少しだけ、言い訳程度の変化を行っているようでは、そもそもの目的の競争優位性というものが獲得できないのではないでしょうか?シンポジウムでのパネリストのコメントにはとても懐疑的にならざるを得ませんでしたし、ニュースで報道されていた税の優遇措置でどれだけの日本企業が女性役員を登用するかはやはり疑問です。それ以前に、違う考え方(多様性)を受け入れることが難しい文化を持つ日本人が多いため、どれだけキャリアアップを目指す女性の能力を認めることができるか自体が問題だと考えています。

 

特に、日本男性の意識を変えるのは社会的な地位のある日本人男性しかできないのではないかと考えます。それこそ、それなりの立場にいる人たちが飴と鞭を使ってチェック&バランスを行い、経験から学ばせていくしかないのではないかと。でも、今回は鞭になるようなものは見受けられませんでした。面倒を起こす可能性のある変化は、飴があってもほしくないと思う企業が多かったら何も変わらないでしょう。とはいえ、日本政府がやっと動き始めたことは賞賛に値します。Too little too late(少なすぎる、遅すぎる)にならないようにお願いしたいです。

 

さて、周りの環境の変化はさておき、私は何をすべきでしょうか?特に新しく何かをしなくてはと希望に燃えて発奮はしませんでした。今までもそうだったようにこれからも、目標を掲げてあきらめずに進む事を継続します。学ぶことをやめず、絶えず成長を試みる。ディズニー・メディア・ネットワークス協働会長のアン・スウィニー氏はおっしゃっていました。

”Go and Get It (獲得しに行く)精神を忘れずに!”

 

このフォーラムとは別の話ですが、私の同僚は社内のTED活動の1つに参加し、目からうろこが落ちたそうです。“女性は結婚をするといずれ出産・育児が来ると考え自らキャリアをあきらめてしまう。先のことを心配しすぎてやりたい仕事をあきらめたり、目標をもたないなんてナンセンス。しっかり目標をもって仕事をバリバリやりなさい。考えなければならない時がきたら、その時考えなさい。”その話を聞いて、彼女は号泣したそうです。“それでいいの?目標を持っていいの?私はキャリアの目標なんて持てないって思いこんでいた”って。そしてキャリアの考え方の意識を変えたそうです。素晴らしいことだと思います。

 

どんな環境にいても、あきらめずに前向きにコツコツと目標を持ってやって行くしかないのです。日本人男性がこれで迅速に変わるかも?!なんて過大な期待は捨てておきます。しっかり目標を持って、あきらめずに!

さあ、心ある働く女性のみなさん、

Let’s go and get it!

温故知新

最近、より多くの若者が日本の伝統文化に価値を見出してきていることはとても喜ばしいと思います。かくいう私も、最近できるだけ普段に着物を着るようにしはじめました。皮膚が弱く、化学繊維を長く来て汗をかいたりすると、かゆみが出たり発疹したりするので、知り合いの呉服店の友人から絹の着物を着ることを進められてからです。着始めてしまえば、こんなに日本人の女性に合っている衣類はないと思います。

 

日本人として生まれて誰よりも日本の伝統文化を理解できる環境にいるのだから、その利点を大いに生かすべきだと心底思い始めたのはアメリカへ留学してからだったと記憶しています。とはいえ、茶道、華道、着付け、雅楽、歌舞伎、能、狂言…興味があるものをすべて網羅するほどお金持ちではないのでちゃんと優先順位をつけて学んでいますよ。

 

伝統を大切にしたいと思うからこそ、新しい文化も知りたくなるし、受け入れやすくなるのではないかと考えます。多くの日本人は自分たちと違った考えややり方を受け入れられない人が多い、と私の勤めているマルチナショナル会社のNon-Japaneseは言います。日本人が海外へ派遣されて失敗する例が多いのは、派遣先の文化に馴染めずに、日本的なやり方を強要するからだそうです。逆に、海外から派遣されてきているNon-Japaneseの人たちのやり方もむやみに否定する傾向があります。確かに、非日本人から、すぐには解決できない事を今すぐやれ!と言われることはありますが、どうしても日本人対非日本人の対立が起こることが多く残念です。日本人がかたくな過ぎるのか、非日本人が日本市場を理解しようとしないのか、にわとりが先か卵が先かみたいな議論ですが、どちらが先といわず、また、対立の姿勢をとらず、お互い歩みよればいいのではないかと正直思ってしまう事が多いです。私の知る限り、だいたいそういうことが起きる時は、非日本人からの要望に対して、日本人ができない理由をたくさん出すか、やると言ってそのあと何もせずにほっておく時です。

 

やり方を変えるべきという指摘を受けたら、冷静に何がすぐ変えられるか、時間がかかるものは何か、整理して話し合ってみる。たいがいの日本人は“またか・・・”とため息をつきます。とはいえ、最近は依然よりビジネスついては少しずつそのような議論の場が増えてきています。シェアーがおちてきてるからでしょうか?仕事のやり方については文化的な要素が多いので、やはり、課題が多いですね。例えば、小さな例ですが、弊社は会議室不足なのでいつも会議室の予約には苦労するのですが、日本人は、だれでも予約できるシニアマネジメントが会議を行う部屋は予約しません。オープンであれば、重要な会議をするのでシニアマネジメント用の会議室をとってもいいと考えるのが非日本人。“ただのマネージャーのくせに一体何様のつもりだ?!”と言われてしまうだろうとその部屋の予約を入れないのは日本人。

また、キャリアアップの為に、色々な会議で積極的に自分の意見を披露し、存在をアピールしやすいのが非日本人。“こんなこと言ったら、あとで、わかりもしないくせに偉そうなことを言うな!と言われてしまうか、解決策がないか、あるいは、非日本人には理解できない余計な議論が始まってしまう”と思い固く口をとざすのが日本人。

 

私が自分を“日本人だなあ”と思うのは、重役用の会議室はさすがに予約できないのと、自分のキャリアのために積極的に意見を言って自分をアピールできない時です。非日本人のアドバイスを素直に受けて試しにそれなりに自分をアピールしてみたら、そのあと、一部の日本人グループにひどい目にあわされたことも理由の一つかもしれません。そもそも、女が意見を言うのを嫌う人もいますので・・・。

 

どんな状況でも、競争に勝ち抜くためには、建設的な議論はしなければならないと思っています。意見の違いがあるからこそ、競争優位性につながる斬新で革新的な考えが生まれると信じます。たとえ、すばらしい解決策がその会議ででてこなくても、アドホックチームを作って時間をかけて解決策を見つける方が、口を固く閉ざすより、成長機会を見出すことができると心から思います。

自分の船を沈めていませんか?

会社創設時にはどの経営者でもその会社が長く続いて欲しいと思いますね。私の働いているアメリカの会社ももう100年以上の歴史があります。いわゆる老舗です。

老舗だろうが新しくできた会社であろうが、健康的な組織に生産性の高い社員が集まり、生き生きとした環境を作りながら成長を続けるのだと考えます。

できたばかりの会社で急成長を遂げているところの規模はまだ小さいですが、それ故に情報の風通しがよく、意思決定が早いためすぐに動くことができます。その代わり、安定成長期に入った企業はある程度の規模を持ち、部署が専門分野に分かれているため、なかなか部門間の情報交換が行き届かず、意思決定も複雑になり、結果実行が遅くなります。機動力が失われるのです。これは組織構成のみの原因なのでしょうか?

 

小さいが成長している組織の時は、一人ひとりが自分の意見を持ち、責任を持って仕事をします。 意見をもって何かに貢献していないと他のメンバーから「なんであの人はこの会社にいるのだ?」とまわりから非難を浴びます。更に、会社が成長していくに従って、今までしなくてもよかった仕事が自然に増えていくため、一人ではなくチームを作って、役割を分けて仕事をしないと組織が回らなくなってきます。ここまでは成長のための効率を高めるために必要なプロセスです。しかしここからが問題。

もし、チームリーダーが既得権と仕事の安定を求めるようになるとどうなるでしょう?

「今までがんばってきたのだから、少しは楽をして部下にやらせよう。自分はもっと高尚な仕事をすればいい。」「このエリアは自分が気づいてきたエリアだからそんなに簡単に他の人ができることではないし、他の人には渡さない。」そんな事を考えたことがある方は少なくないかもしれません。

そんな上司たちを見て仕事をしている若手の中には、「いずれ課長や部長になって仕事は部下にまかせて自分は楽になりたい」と思う人が増えていたようです。

長く続いている日本の会社では、部長はお客様のところへ行っているか、ゴルフをしているか、えらくなればなるほどまるで名誉職のように仕事をせず、自分の部下が何をしているか興味がない人が多いケースがあります。そんな部署は業績が悪くなり、部門長も何を改善していいかわからなくなり、責任を部下に押し付けます。一方、外資系でこんな部長がいたら社内で目だってしまい、いずれ、そんな部署はなくてもいいと部署ごとなくされてしまいます。これはとても効率的で公平なリストラです。私の勤めている会社もそうですが、Acting Managerしかいらないのです。Acting Managerとは自分で何もかも切り盛りできるが、短い時間でこなす仕事が多くなるため部下を与えられる人たちで、副社長だろうが、上級副社長だろうが、現在自分のチームが何を行っているか常に理解しているように要求されます。トップ1%にならなければ専属の秘書もいません。Acting Managerでないと、急に方向転換しなければならないとき、あるいは、何かアクションをとらなければならないときに、“なぜ方向転換しなければならないのか?”、“どんなアクションを取らなければならないのか?”がわからず、しばらく売りあげやシェアーを落とし続けなければならないことになります。市場の行方や部下の仕事がわからなくなってしまったら、自分自身も淘汰されると考えられる人たちはまだ幸せです。

つまり、会社をつぶす組織は、どんなにすばらしい社是を掲げていても、市場でなにがおこっているかどうかに興味がない部課長が多く、そういう部課長に限って、消費者不在でお金を儲けようとし、また、社内に自分の帝国を広げたいが故に権力を使って余計な仕事と部下を増やそうとする人が多いのではないでしょうか。全て自分のため。

会社だけではありません。淘汰されていく組織・団体にはそういう輩が沢山いますよ。

 

皆様、自分で自分の船を沈めていませんか?一蓮托生です。お気をつけ遊ばせ。

現在の健康状態

医者から家でのパソコンとスマホを止められてしまったので、会社の昼休みにしか記事が書けなくなってしまっています。

大学・大学院を卒業してからずっと仕事で端末やパソコンと四六時中向き合っていたのですが、白内障になってからはできるだけ目を使わなくてもいいようにと、ダンスや歌の練習で身体や耳を使うことをするように努力していたため、幸い、仕事を切り上げた後はやることがたくさんあります。

ただ、メニエルと診断されてから、いつも乗り物酔いをしているような感じがして、家では横になりがちになってしまっています。今までたまっていた疲れがどっと出てしまった感じです。そうはいっても、治療の一環で、早足で30分朝と夜歩くかなければならず、家にいるときも寝るのではなく、一ヶ月は続けたのですが、先日の検診で改善が見られなかったため、家ではエアロビクスをしていなさいといわれてしまいました。さすがの私もこれ以上は無理と医者を代えることにしました。仕事でつかれているのですから休みは必要です!薬を使わないで治せると評判の先生でしたが、体力には限界があります。どうしても起きあがれないときは起きあがれないのです。

漢方を使った東洋医学に転向することにしました。眼科も婦人科も耳鼻咽喉科も、会社と同じ縦割りで、横の連絡がなく、人間の体を治療するという全体観を持って治療する医者がいないのは、いくら医学が進歩したとはいえ、片手落ちですね。

とても残念なことだと思います。

予定のない日を作る

5月23日の朝に、寝ているにもかかわらずぐるぐると回っている感覚にびっくりし目覚めて、本当に天井が回っているように見えて動けなくなってから、今まで回遊魚のように止まることがなかった私の生活が一変しました。

 

当日は絶対安静。トイレにしかいってはいけないと医者から通達を受け、1週間はほぼ寝たきり、翌2週間は動くことはできましたが、まともに会社で働ける日はありませんでした。

笑い話ですが、「絶対安静」と言われた数分後に、カンテ(フラメンコの歌)のコンサートに行ってもいいかと医者に聞いて、こっぴどく怒られました。性懲りもなく、何故そのコンサートが大切かを説明しながら3回も聞き返していましたから。

 

私の人生に「安静」という字がなかったため、今振り返ると、初日はとても苦痛でした。起き上がることはできなかったのですが、考える事はできました。ですので、パソコンやiPadを立ち上げたい誘惑にかられ、さすがに机に座ってパソコンを立ち上げる勇気はなかったので、iPadで会社のeメールをチェックしたり、調べ物をしたりしていました。

 

翌日病院へ行ったあとも、せっかくの休日なのにもったいないという気持ちがあって、どこかのカフェでおいしいランチを食べたいと思ったのですが、身体が気持ちについていけていないことにやっと気づきました。それでやっと「とにかく安静に!」と言われた理由が少しわかってきたようでした。

 

「動きたくても動けないんだ・・・」

 

そうわかった時に、やっと観念して、ずっと寝ることを仕事にしようと思えたのでした。

もう既にそれから約1カ月経ちましたが、この病気はすぐには治らない事がわかり、気長にリハビリをしながら乗り越えていくしかないため、今まで当たり前のようにできていた仕事や趣味をスピードを落としてやっていくしかないという事実を受け入れなければなりません。

 

ちょっと動けるようになったので、もう少しペースを速めたい!と思ったところでどうにもなりません。見た目には元に戻ったように見えると思うので、私のジレンマは誰にもわかってもらえませんが、それも受け入れなければなりません。

とにかく、“STOP”という恐怖と向き合うことを余儀なくされています。

 

お陰さまで一カ月以上前から入っていた予定をすべてキャンセルし、その日の体調によってやれることを吟味するようになりました。今までは一カ月半先まで予定はびっしりつまっていたのにです。カレンダーがあいている事がとても心地悪いですが、そういう日がこの15年はなかったように思います。回遊魚である自分を捨てて、別の自分を作り上げなくてはなりません。この軌道修正にはかなりの時間を要しそうです。やれやれ、こんな変革もしなくてはならないのですね・・・。

売り上げ拡大

先日久しぶりに弊社内の研修に2日間参加しました。大学院にいた頃にやったことのあるビジネスシミュレーションゲームだったのですが、とても面白かったです。5〜6人が1グループに入り、5グループで同じ業界の競合となり、シェアーと売り上げ、収益を競うゲームです。

 

私のチームは一番ビリ!投資すべき製品を間違えて、過剰在庫となり、シェアー挽回すべくまた投資をして売り上げを伸ばすことを目指しました。まあ、最初の投資で失敗したのでもう回復は無理だな?と思っていましたが、3年目でゲームが終了するまで過剰投資・過剰在庫及び一部エリアで出した製品戦略がワークせず最下位でした。

負け犬の遠吠えと言われそうですが、そんな状況でも営業利益はなんとか継続成長させました。シェアーも2年度はかなり回復して満足でした。当たり前ですが投資の判断は消費者ベースに考えるべきで、ラインに投資したからといってニーズのない製品を上市するのは間違えです。そうはいっても時間がなくて、自己主張の強い人が沢山いてリーダー不在だと(リーダーも自己主張が強くて市場のニーズを見ないと)判断間違えます。ゲームでも実社会と同じ事が起るものです。

 

私のアサインされたチームは最初から負けていたので議論は白熱し、それぞれが思うところの施策をワンボイスにまとめるのが大変になりました。これが敗因の1つ。チームメンバーの皆さんは論理的ですので、どんなリスクをとることが最善の策なのかということが議論のポイントになりました。ただ、どうしてもはまりがちな誤りは、縮小均衡になるように投資を控えてしまうことです。コストのことばかり考えて売り上げを伸ばすことを考えなくなるのです。建設的なコストをかけて売り上げを伸ばさなければ競合にどんどんシェアを取られます。コストを1%削減するより、売り上げを1%上げるほうがどれだけ営業利益があがるか。以前、損益計算を10年先までシミュレートしてリスク分析をしたことが沢山ある私には、小さなコストに振り回されることは受け入れられませんでした。コスト削減が先か、投資をすべきか、あなたならどちらを選びますか?

 

どんな製品ミックスにすると、消費者や販社が手にとってくれるかが一番大切なのです。1つの製品をかたくなに販売していくのは、その製品と共に心中する覚悟が必要です。存続を選ぶのであれば、補完しあえる製品ポートフォリオを構築し、消費者を含む市場の要求を満たすか、あるいは、まだ世に出ていないニーズを掘り起こすべく、革新的なアイデアを出して新製品を作っていく。前にも述べましたが、なにも技術革新だけが革新ではありません。同じ製品でも少しずつ形を変えてその製品が使われる機会をとらえていけばいいのです。

 

さてさて、皆さんはどんな判断をするのでしょうか?チャンスがあったらビジネスシミュレーションゲームアプリでトライしてみてください。

変革してますか?

今年も変革の年にする!と決めたのが昨年末。さて、第1四半期を振り返ってどうだったか?

1)雅楽(笙)の演奏を習い始めた  

2)飛騨との縁をさらに強くする覚悟を決めた

  *自然エネルギーを使える家を建てたい!(ここまでは考えていなかった・・)

3)東伊豆に新たに縁を結んだ

  *同時に旧友との縁を結びなおした

4)10年近く所属していた乗馬倶楽部を退会した(これは予定外)

5)フラメンコ(踊り)のタブラオデビューを果たした(これも予定外)

1)については、昨年11月頃から決めていたことですが、2)と3)は3月に四国(伊予の国)で地震が起こったことで、それまで、ぼーっとしていた第6感が再覚醒し急展開しました。関東に何かが起こった時に、両親と弟が暮らせる場所がなくなる!一時的にも避難できる場所を確保しなければ!私たちは東京から離れるのであれば以前から飛騨へ行こうと考えていましたが、両親は温かい所が良いだろうと思い、旧友(といってもずっと年上ですが)もいることから伊豆と縁を結んでおこうということになりました。

地震によって覚醒した第6感の副産物が4)。え?何故乗馬倶楽部が関係しているかって?頭絡や鞍をクラブのロッカーに預けていたのですが、失うくらいなら、飛騨へ持って行ってしまおうと思ったからです。しばらくは乗馬もできなくなるのだろうか・・・。ちょっぴり悲しかったですが、後で後悔しそうだったのでとにかく即決即断で退会しました。

5)については、1月末にお教室の先生からお誘いがあり、「是非!」とやらせていただくことになったのですが、仕事と練習の両立が心配でした。夜遅くまで、レッスン以外に週2〜3回チームメンバーと自主練をして、2)から4)の準備も開始していたので、3月下旬にデビューを果たした後思い切り体調を崩し、持病の喘息の発作を起こしてしまいました。それから、5月5日までずっと小発作を繰り返していました。(大発作でなくてよかった〜〜〜)

おかげさまで第2四半期のスタートはスローダウンしまいましたが、やっと巻き返しを開始しています。

また、2)〜4)のお陰で生活費の予算の見直しを余儀なくされ、更に、2)の詳細が見えてこないため修正予算は確定していません。とはいえ、兎に角、変革と呼ぶには十分な第1四半期でした。

 

そうそう、乗馬ですが、5月から近所の乗馬倶楽部に入ってしまいました。関東が危ないのはわかっていますが、やはり、馬に乗れないのはかなり辛かったので・・・。入会金は捨て金になってしまうかもしれませんが、後で「もっとやっておきたかった!」と思いたくなくて。じゃ、頭絡と鞍は?失うともったいないのでやっぱり飛騨に保管したままにしておきます。

 

それから、仕事のほうも1月から部署名と役割が変わって今までやっていなかったことをたくさんやるようになりました。(これは私の意志と関係なく、会社都合ですけど!)

 

これからも、焦らず、着実に、落ち着いて、そして笑顔を忘れずに!更なる成長を目指していきます!

皆さんも、ご自身の変革について、上半期のレビューをすべく、頑張ってください!

病は気から

3月末から体調を崩し、4月第一週に喘息の小発作を起こしてから、日々の生活をスローダウンして静養しながら仕事を続けています。気がつけば、あっという間にゴールデンウィークですね。早く、生活を元に戻して仕事と趣味で遅れた分を取り戻さなくてはなりません。焦らず急ぎます。

 

先日久しぶりに15年ほど前にシンガポールで出会った霊能者の友人に再会しました。好むと好まざるとにかかわらず、会わなければならない時に、それこそ、神様がアレンジしてくれて会うことになるのです。だいたい、体調が悪い時か、人生の転機に会うことになるので、これから私の人生は更によくなっていくように思えます。彼女は普通の主婦で、シンガポールには御主人の仕事の関係で、私たちが住むよりもずっと前からシンガポールにいました。信じられない人には考えられないと思うのですが、まあ、霊能者の方々というのはとても信じられないことができますね。彼女は特に、「神様からいただく光」を使って、他人の命を救ったり、運命を変えたりしてしまうのです。彼女だけでなく、彼女の御主人やお母様も目に見えない物が見えたりと、不思議な力をもっています。彼ら自身も、時々ミステリアスな場面を見てしまってびっくりするらしいですよ。話を聞けば聞くほど興味深いです。通常、そういう人たちはお金をもらって、占い師のような職業につくのだと思うのですが、彼らは、お金に困っていないので、まったく無償で相談に乗ってくれます。求めなくてもあたら得られる運命にある人ってうらやましいですね。過去生で沢山徳を積んだ方々なのでしょう。私も早くそうなりたいですが、今世ではそんなに徳を積めていないので来世を目指して頑張ります。

 

その人によると、病気や不幸になるのはその人の想念に問題があることがあり、また逆に想念は回復する為の鍵となるそうです。1つの例として教えてもらったのは、ある方は勲章や表彰状をもらったそうなのですが、その後突然癌になったそうです。彼だけではなく、彼の家族も。医者からあと数カ月の命と聞かされて、私の知り合いの霊能者、Aさんとしておきますか、に連絡してきたそうです。Aさんは理由もなくその方に、「皆さんのおかげで勲章がとれました」と感謝の言葉を言ってごらんなさいとアドバイスしたのだそうです。傍にいたその方の甥の方は「よくおっしゃってくださいました!」と感動していたそうですが、そこでその男性が改心して、本当にそういう言葉を心から言えたら、命は救えたようなのです。それなのにその方はまったく相手にしなかった。その代わり、彼の鼻がどんどん天井に向けて長く伸びて、まるで天狗の鼻のようになっていったのが見えたのだそうです。お医者様の言った通り彼は数カ月後に亡くなったとのこと。

 

別の例ですが、早死にする人は、死んで楽になりたいと思う人に多いそうです。死んだら楽になる、何もなくなるというのは大きな間違いですが死後の世界がないと信じ込んでいる人は現実から逃れるために簡単に死を考える傾向があるのかもしれません。すべては、前世や前々世で自分がやってきたことがめぐりめぐって戻ってきていることに起因します。過去に行った事を今世でできるだけ克服しなければならないのだそうです。とはいえ、過去を知ったところで何も変えることはできないのですから、それはそれとして受け入れて、将来の事を考えて前向きに生きていくことが必要です。“明日”という字を見れば、わかりやすいですね。「明るい日」です。そういえば、Aさんは宝くじを買う時も「絶対当たる!」と1点も疑いなく信じられれば、当たるとおっしゃってました。私は宝くじがあたるとは思えないのでそもそも買いません。

 

世の為、他人の為に徳を積んでいけば、心配なく生きていくことができるのですから、清く、正しく、世の為、他人の為をモットーに、また、「病は気から」を忘れずに、早く元気を取り戻すつもりです。

私の未来は明るく陽気なものなのですから!

若人へ

先日、久しぶりに近々二十歳になる姪と麻布十番のピザ屋Savoyさんへ行きました。

評判のお店とあって、二人で「おいしい」を連発しました。まだ行ったことのない方には是非お勧めです。でも予約した方がいいですよ。席数が絶対的に少ないので。

 

姪は大学二年生になったばかりですが、去年より成長していて少し大人になった感じでした。

でも勉強は?あまりやっていない感じでしたね。常々思っていましたが、日本人はどうして大学に行くと勉強をしなくなるのでしょうか?“大学では勉強せずに社会勉強を”と聞いたことはありますが、ただ遊んでいるだけの学生が多すぎると思います。ただやみくもに遊ぶことは社会勉強ではないです。“しっかり勉強してから遊びなさい”とアドバイスしました。

 

世界は広いのです。その中で日本がどんな立ち位置にいるのか考えたことはありますか?そんな話をしている途中で姪は私に聞いて来ました。「オバマさんはなんで日本に来たの?」

Good Question!

 

彼女はオバマさんが日本へ遊びに来ているわけではない事は理解していたようなので、ちょっと安心しました。甘すぎますか?その質問に関連して、1)昨今の中国や韓国との小競り合いによる日米安全保障の重要性、2)アベノミクスとバブル崩壊後の日本経済の低迷、3)TPP交渉、4)外国人投資家による日本の株式市場における支配、5)靖国参拝について何故騒がれるのか、等々、今、日本の内外でおこっている事をわかりやすく説明しましたが、彼女の顔から笑顔が消えていくのがわかりました。バブルがはじけたのは彼女が生まれる前だったことを認識して私自身も驚いたくらいです。どれだけ長い間日本は何も手を打たなかったのか!どれだけ自国内の経済をほったらかして短期利ザヤを求め海外に出て行ったのか。改めて情けなくなりました。

 

20、30代の皆さんは上記について友達と話し合ったことはありますか?

 

英語を勉強しなさい。日本の立ち位置を理解して、英語で堂々と外国人と建設的なディスカッションができるようになりなさい。そんな私の思いをわかってくれたのか、Grand Hyattホテルのバーでノンアルコールカクテルを飲んでいる時に、姪は突然、「本屋さんへ行きたい」と言い出しました。夜10時近くでした。幸い六本木にいたので、“オーケー。じゃ行こう”と交差点の近くの本屋で英語の教材本を買った後、渋谷へ行くバスの中で彼女は一生懸命その本を読んでいました。とても嬉しく思いました。

 

私の姪にだけ伝えたいメッセージではないのです。

どうか、この国の将来を担う若者の皆さん、私たちの美しい国、素晴らしい文化を持ったこの国が、外国からの圧力に屈せず、堂々と自国経済を守るために、また、太平洋戦争時の出来事についてのデマに振り回され、世界からいらぬ誤解を受けないように、更に、メディアや一部の人たちの意見に惑わされずに、自分自身でしっかりと物事を考えて判断できるように、そんな日本人になってほしいと強く思います。

GDPへの疑問

先日、久しぶりに六本木アカデミーヒルズのセミナーを受講してきました。

講演のタイトルは「日本経済の行方 ウーマノミクスを含む構造改革のチャレンジ」ととても魅力的でした。講師はゴールドマンサックスジャパンマネージングディレクターのキャシー松井さんで、モデレーターは私の尊敬する先輩の石倉洋子教授です。

アベノミクスは本当に日本経済を再生させられるのか、ウーマノミクスは経済にどのような具体的な効果をもたらすのか、非常に興味がありました。答えは、簡単にいえば、条件さえそろえば再生する。そりゃそうだ。とはいえ、条件を分析するのが大切ですけれど。ウーマノミクスについても、女性がもっと社会進出してお金を稼げば消費が増えて、企業がもうかり、株価もあがる。それもその通り。

 

既に2020年東京オリンピック効果で、外国の資本がどんどん日本(特に東京)に入ってきていますね。為替が少し円安に振れている今東京のマンションは買い時です。株式も、外国の資本家の動きにうまく乗れれば、短期的に利益を得ることができるでしょう。ただし、国内の投資家が多くないので安定することはなく、一時期のインドやブラジルのように乱高下は免れない。東京オリンピックまでに不動産でも株式でも売りぬけることが肝要です。と、ここまでは普通の私からのアドバイス。しかしながら、スピリチュアルな私からのアドバイスは、お金と物ばかり追いかけていないで、例えば、ノアの方舟に乗れるように、生き方の見直しをしておいたほうがいいですよ、ということです。昨今の日本の若者は物とお金に振り回される事があまりないように思われるので良い傾向だと思います。その代わりバブルを経験してきた50〜60代はまだまだ消費意欲が強いようです。

 

さて、講義を聴きながらふと思ったことがありました。何故、国力のベンチマークがGDPなのでしょう?GDPとは「GDPは国内で一定期間内に生産されたモノやサービスの付加価値の合計額。」(出典:内閣府)です。経済活動の結果生み出された金額に換算された値なのですよね。では、金額が少ないと国力は弱いのでしょうか?

 

企業ではGDPの成長率や産業界の成長率が会社として目指すべき目標を左右します。果たして国も同じ?国の豊かさ、強さは、造りだした付加価値金額が多い、少ないで決まるのでしょうか?それだけ?国民の精神的強さ、道徳心、清貧の心はカウントしない?以前にも記事に書いたことがあるのですが、「豊かさと強さ」の定義を見直す時代に来ていると考えているので、そろそろGDPに変わる指標を考えてもいいのではないかと思います。

 

新しい指標は、上記の精神性に加えて、例えば「里山資本主義」のような新しい経済モデルが小さい規模でも沢山育っていくことが将来の国力になることも1つの要素として考慮すべきです。アベノミクスによるGDPの成長率を上げることは短期的には必要なのかと思いますが、いつまでも、既存の資本主義に頼っていると、それぞれの国の持つ独特の良さを失っていくような気がしてなりません。

 

読者のみなさん、もし、GDPに変わる国力の指標を作るプロジェクトをご存知でしたら、是非ご連絡ください!とても興味ありますので。

今中を生きる

ご無沙汰してしまいました。

去る3月21日に西日暮里のアルハンブラというタブラオでフラメンコ(踊り)のデビューを成功させるため、日夜、仲間と練習を重ねていました。

週3回土日を含め仕事もきっちりしてから夜10時まで踊りの練習をするというのはかなりの体力をつかっていました。と、同時に、乗馬のレッスンも2週間に一回の割合でしっかりやっていたため、ヘロヘロだったのですが、なんとか乗り切らせていただきました。

 

応援に来てくださった方ありがとうございます!!!

 

さて、こんなすばらしい現在を謳歌している私の魂ですが、過去から未来へとつながっている永遠の時間の中心点である“今”を神道では「中今」というそうです。神様や先祖からいただいた使命や命を大切にして今をしっかり生きる。

ちょっとおへそ曲がりの人だと、目標をもたずに好きな事だけやっていれば今をいきることになる、と刹那的に生きる事と勘違いするケースもあるかもしれません。

 

あるいは、耐えがたいような辛いことを経験し、未来も見えず過去へも戻れない事を受け入れることができない時、「今を大切にする」ことを思い出して、無理にでもほほえみを持って粛々と生きていくと自ずと道は開かれて行くものです。

 

そんな極端につらいケースはなくても、現在という時間を大切に過すことはすこぶる大切だと痛感します。大きな目標は定めても、今の積み重ねがなければ大成することはない。目標が成し遂げられなくても、積み上げた“今”は無駄になっていない。自分自身を向上させたいと思う気持ちをとぎれさせないように、自分との戦いは続けることが大切です。

目標さえあれば、過去の事にくよくよしたり、将来どうなるかわからないと憂うことはないのです。手に入れられないものを手に入れようとする欲は煩悩につながりますので、努力をすれば手に入れられるものかどうかを見極めて目標と定め、努力を怠らないことは大切です。手に入れてはいけないものを手に入れようとすることそのものは間違えですね。そのあたりはその方の道徳心に頼るしかないですが・・・。

タブラオでフラメンコを踊っている時はその瞬間を踊りだけに懸けていました。踊り終わった後に大きな達成感が湧いてきましたが。

 

こんな世の中ですから、尚更、ひたむきで純粋に「世の中を幸せな人々で満たすために私はxxxをする」と目標を定め、一人ひとりがコツコツと日々努力を重ねていけば、これからの世の中は必ず幸せな人で満たされると考えています。ここでいう幸せとは億万長者になることや人を支配するための大きな権力を持つことではないことは読者の方にはわかってもらえると思います。“人を出し抜いて自分だけよければいい”と考えている人は長続きしないでしょう。助け合いながら困難を乗り越えていく人々によって世の中も地球も清らかで正しい状態に再生されるのだと思います。

 

みなさんもこの機会に自分の生き方を見直しませんか?何のために今を生きるのか?

多趣味な私

趣味は何ですか?と聞かれたらあなたは何と答えますか?

私の職場の男性は、ゴルフ、釣り、テニス、女性は歌、山登り、映画・音楽鑑賞が多いようです。 

私はというと、乗馬、フラメンコ(踊りと歌)、笙(雅楽)と興味が分散しています。

一番長く続いているのは乗馬ですね。シンガポールに住んでいた時に、会社へ行く前、早起きをして乗馬クラブへ通っていました。1レッスン乗ってからオフィスへ行くなんて東京では考えられない夢のような話です。それからもう20年近く、途中仕事が忙しかったり、引っ越したり、クラブが破たんしたりして、中断したこともありましたが、細く長く続いています。月に2〜3回しか乗れていないのであまり上達はできていませんが、最近、個人レッスンを取るようにしてもう少しきれいに乗れるようにし、いずれは、大会にでてみたいですね。体力を維持して、できれば75歳くらいまでは続けたいと思っています。鍛えておかなれば!

 

次に長いのはフラメンコの踊りです。多分2008年の1月から始めたので6年は経ちました。こちらも週に1回、若いお嬢様達と一緒にならっています。とはいえ、やはり身につくスピードが遅いので、レッスンを録音してなるべく自主練をするようにしています。覚えの早い人達は、すでにタブラオで踊ったり、沢山の曲目を同時に習ったりと活躍していますが、私には無縁だと思っていました。ボランティアで踊ってほしいと頼まれた事は南海かありましたが。ところが突然、タブラオで踊る組にいれられてしまったのです。さ〜大変!ブログを書くどころの話ではありません!週3回2時間ずつの練習を仲間5人とはじめています。通常のレッスンと課題曲3曲を覚えるのは大変です。もう、繰り返し練習して、耳と体で覚えるしかないのです。3月下旬、踊り終わったら写真を交えてブログにアップしたいと思っています。

 

フラメンコの歌は初めてまだ2年目です。難しすぎてまだ一曲も完成していません。一人前になるには10年かかるといわれたので先はながいですね。

 

こんなことになるとは夢にも思っていなかった私は、1月から新しい趣味を始めていました。雅楽の楽器、笙の演奏です。こちらは月に2回、1時間のレッスンを受けています。以前から笙の音色には興味があったのですが、なかなか場所と先生が見つからず、昨年の10月から探し始めて最初のレッスンまで3ヶ月かかりました。これからが楽しみです。

 

こんな具合に、どこに共通点があるの???という趣味ですが、魂に刻んでおける技術なので生まれ変わっても上達が早いと思います。音楽、芸術、スポーツは、お金が続く限り、学べるだけ学んでおきたいと心底思います。

高山エネルギー大作戦

世界で「自分たちのエネルギーは自分たちで作ろう」という動きが始まっていますが、岐阜県高山市が「自然エネルギー利用日本一の都市」を目指すと宣言しました。1月18日には、あの「里山資本主義」を書かれた藻谷浩介さんを招待して、作家のいとうせいこうさんと共に高山市民文化会館でフォーラムを行っています。開催に当たっては坂本龍一さんもメッセージを送ってくれたようです。高山の2013年12月15日付広報誌の中にあった記事によると、坂本さんは自然エネルギーとは呼ばずに、「高山エネルギー」と呼んでいました。

 

高山市は2月1日から22日まではオープンセミナーを開き、色々な自然エネルギーについての日本各地の取り組みを紹介します。また、3月には1週間の集中講座を開きます。(詳細は高山市環境政策推進課 0577-35-3533まで)

とても興味があるので是非参加したいと思っているのですが、会社を休むわけにはいかず・・・。でもいつか必ず参加したいです!

 

昨年10月中旬くらいから、今年は世の中を変えるくらい大きなことを、自分のできる範囲でやりたいと考えていました。そう考えてから自然エネルギーに関する事についての情報がどんどん入ってくることになったのは、それこそ、神の“見えざる手”の賜物ではないかと真剣に思います。

 

では、どうやってそんな素晴らしい取り組みに参加できるのか?これが今の私の課題です。

お金と時間がふんだんにあれば、今すぐに取り組みたい事は自然・再生可能エネルギーを使った家を建てて、そこでできるだけ自給自足で生活することです。そのためには

1)    雪深い高山市に一戸建ての家を建てる場所を探す

2)    家族で済むために最低限必要な間取りを考える

3)    特に雪深い冬を意識して、料理、暖房、温水機能、自給自足用野菜のハウスに使うにはどれだけ生活に必要なエネルギーが必要か考える

4)    3)の必要エネルギーに応じたボイラーあるいは発電機を使用すると初期費用および維持費用が年間どれだけ必要になるか計算する

5)    その他必要な費用と合わせて総費用と維持費用を試算する。

 

“時間とお金がふんだんにあれば”の話ですから、そこへ行くまでにあとどれくらいかかるか・・・。とはいえ、あとどれくらい稼いだら夢がかなうのか試算するのは自由なので少しずつでも試算していきたいと思っています。

自然との共存

日本中心部の山岳地帯に山小屋を借りるようになってから多分もう3年ほど経ちました。冬はとても寒く、一番寒いときの最低気温は氷点下10度、最高気温も0度くらいです。そういえば、アメリカの学生時代に居た中西部では0度になると暖かいと感じるくらい寒い日が多かったですねえ。だって、最低気温は氷点下20~30度!

 

それに比べると東京は暖かく、最低気温が氷点下になることも稀です。なので、山小屋から東京へ帰ると暖かいと感じます。

 

そんな寒いところへわざわざ何故冬に行きたくなるのか?

山や小川の神々や精霊達が躍動している自然に癒してもらいたいからなのだと思います。

 

実際、東京から出発するときは、「きっと寒いだろうなあ。東京でゆっくりしたほうがいいかも」と考えるときはあります(東京でゆっくりなんてできるわけないのに!)。でも、だんだん山の中へ入っていく頃にはそんな気持ちがなくなります。車を四駆に変えてスノータイヤを履かせているのも、山小屋へ到着してしまえば、東京へ帰りたくないことを知っているからです。

 

窓から深々と降る雪を眺めていると心の中は真っ白になり、いつまで眺めていても飽きません。たとえ雪が降っていなくても景色を見ていて飽きないのです。静かな自然の営みを魂と心と身体で感じて静かで聖なる時間と空間を楽しめるこの時間が、故郷都会でささくれた私の心に、忘れかけている貴重な自然の温かさを与えてくれます。

 

そういえば、年老いた父が一日中庭を眺めているのは、彼のふるさとでもある東京が昔の姿をなくしてしまっていても、庭の中にその片鱗を見つけて楽しんでいるからなのかもしれません。眺めていては、庭に出て、時間を忘れて草木の手入れを始めます。やっぱり親子なので、父と同じように私も山小屋に居る時にはどうしても草木の手入れをしたくなります。父親の遺伝子が強く伝わっていると自分でもわかるのでいつも「あ〜疲れた〜」と言っている自分に苦笑してしまいます。

 

東京は昔ののどかな情景を取り戻す事無くいずれ海に沈んでいくのでしょう。いいえ、東京だけではなく、世界のあらゆる場所で同じことが起こるのだと思います。

お金と権力のみを追いかけ、自然を敬う心を忘れた人間も沈み行く大地とともに消えてゆく。でも、そうではない人間ができるだけ救われてほしい。

 

どの場所で何が起こるのか具体的にわかるわけではないですが、出来るだけ多くの人たちに自然を大切にして自然とともに生きる心をもう一度思い出し、お互いを助け合いながら平和に満ちた生活を送ってほしい。お金と権力を追い求める生活のはかなさを気づいてほしいと思います。

日本食という無形文化遺産

2013年12月4日、和食(日本人の伝統的な食文化)がユネスコ無形文化遺産に登録されました。つまり、外国人でも知っている天ぷらや寿司のような個々の料理が選ばれたのではなく、「一汁三菜」に代表される日本の食文化が選ばれたのです。

NHK解説委員室の解説によると選ばれた理由は4つあります。

1)見た目の美しさ

  • 彩り、料理を入れる器、また、料理をもてなす部屋への工夫

2)食材

  • 南北に長い日本列島の特性を生かした、四季折々の新鮮な食材および、食材の味を引き出すためのだし汁やしょうゆ、味噌の活用

3)栄養のバランス

  • 良質なたんぱく質の取れる魚を中心に野菜やイモ類を使い、動物性の油は使わないヘルシーな栄養とバランス

4)年中行事との密接なかかわりによる地域やコミュニティーの絆

  • 四季折々の行事に合わせた料理を家族やコミュニティーとともに楽しむことによる地域やコミュニティーとのきずなの強化

 

都心部、特に東京では海外から入ってきた色々な種類の食事を試すことができます。私が食べたことのある珍しい料理ではレバノン料理、ベラルーシ料理、中央ヨーロッパ(チェコやハンガリー)料理、モンゴル料理でどれもとてもおいしいです。

 

しかしながら、ちょっと体調不良になり始めた2年ほど前からかかり始めた医者も、今日たまたま診察してもらったお医者様も口をそろえて、「日本食をたべなさい」とおっしゃるのです。現代の日本人は日本食でない食べ物を謳歌しすぎて不健康になってしまっている。そもそも日本食、特に魚や発酵食品には病気を予防する色々な栄養素が含まれていて、過去に日本人が毎日普通に食べていた物自体が身体に良いのだと。食事を改善することで体質を改善し、毎日の食事を通して予防医学を勧めてくれているこの二人のお医者様は、内科、皮膚科、眼科、精神科、と様々な分野で活躍されていて、雑誌に記事をお書きになったり、本もお出しになっている方々です。

 

そもそも魚と野菜が大好きだった私は、2年ほど前から年に4回ほどしか肉をたべなくなりましたが、確かに色々と色々な数値に飛躍的な改善が見られます。

 

せっかく世界遺産になった日本食文化を別の角度からもう少し楽しんでみたいと改めて思いました。

更に変革

平成25年は将来を見据えた変化を沢山起こして、今までとは違うやり方を沢山試しました。一旦沢山変化をおこすと、次から次へと色々な角度から物事をみることができるようになり、また、今までになかった出会いも沢山経験することができました。

 

年末も押し迫ってから更に新しい出会いがあり、来年にさらなる変革をおこす方向へ動かされています。私にとっては正の連鎖だと思えます。

「自分の中にある信念を基に前へ進め」と言われているようなそんな気持ちです。

 

芯がぶれないように気をつけながら平成26年も革新と成長への道を歩みましょう。

 

皆様良いお年をお迎えください!

森林が日本を救う

11月に東京と大阪の2か所で行われたコンベンションの運営事務局にかかわったため、本を読んだり、物を考えたりする余裕が全くありませんでしたが、そんな私に、大阪でコンベンションが終わって帰宅する新大阪の中のKIOSKで面白い本に出会いました。

これだ!《里山資本主義》で生き抜こう!」という本ですが、内容は中々ショッキングなものでした。先日も金融資本主義の限界について、ブログに書きましたが、日本が外国に頼りすぎずに経済的な自立ができるような経済モデルを作り上げなければならない事は明らかです。その為、この「里山資本主義で生き抜こう」という言葉にさそわれて購入しました。内容については本を購入して読んでいただきたいのですが、世界に渦巻く陰謀があるので、そこから自立しなければならないというものです。読み物としてはとても面白いので信じる信じないにかかわらず、是非、読んでみてください。

残念なんことにこの本には何が里山資本主義なのか書いていなかったため(笑)、別に「里山資本主義 日本経済は「安心の原理」で動く」という本を購入しました。

今まで、私が考えていた地方経済活性化が具体的に可能であることが実例を交えて描いてあります。また、購読途中なので、これからもっと読みこんでいこうかと思いますが、成功事例の1つにオーストリアがあるということがわかりました。

 

オーストリアの2012年の人口は約846万人(日本の0.67%)、国土面積は83,860平方キロメートル(日本の22%)(出典:世界銀行)、中部ヨーロッパの内陸部に位置する小さな国です。そんなちっぽけな国の一人当たりのGDPは2012年にUS$ 67,304で世界第5位、ちなみに日本は12位でUS$46,707なのです(出典:IMF, World Economic Outlook Database)。穀物自給率は95%、日本は26%(帝国書院2009年)、エネルギー自給率は30%(日本は4%)ですが、街によっては100%自給できています。自給できている理由は豊富な森林資源なのです。ほとんどのエネルギーを外国に依存している日本での森林面積は6割強、オーストリアの47%を上回っています。何故、森林が豊富な日本が、その資源を有効活用せずに、外国からのエネルギー資源に頼るのか?それは東京、大阪、名古屋等大都市圏に大量に電気を供給するために、森林資源に頼っていては賄いきれないからだと思います。それでは、大都市でしか経済活動がなりたたないのか?日本の経済成長は、今まで欧米の大量生産・大量消費によるものでしたが、物を大切に長く使うことを復活させ、必要なものは何かを見極める目を一人一人が持つ。そして、日本に潤沢にある森林を有効活用し、新しい経済モデルと新しい生活形態を作って自立国家を作れる可能性があるということが確信できました。その為には大都市集中の経済・政治活動を分散することが課題になります。これは短期間ではなかなか達成できないかもしれませんが不可能なことでもありません。一時的にGDPは下がるかもしれませんが、エネルギーを輸入せざるを得ない貿易赤字体質を改善することはできますし、一人当たりのGDPは改善を見せる可能性があります。

また、森林資源を使うのであればそれを守るためのシステムも構築しなければなりません。森林の成長と再生のサイクルをうまくコントロールして、車や冷蔵庫、洗濯機、冷暖房器具、パソコン、通信システムを維持して大都市では味わえない豊かな生活に多くの人が気づき、新たな経済活動を里山へ移していけば、日本は自立した経済大国が目指せると思います。

継続可能な「革新」― その2

前回は、革新的な製品を開発したと思っていても、生活者のニーズ(気づいている・いないかにかかわらず)から外れているものは世の中に出しても購買にはつながらないとお話したところで終わりました。では、発想力と実行力のすばらしい人材が集まったイノベーション推進室等で、生活者のニーズにこたえられると思われるすばらしい革新的なアイデアがでてきたとします。それが社内のどんなプロセスを通れば世の中に出て行くのでしょうか?ここが日本企業の次のボトルネック。革新的なビジネスを起こすための経営システムが、西口氏の知る限り、日本の企業にはないのだそうです。だから成功事例もない。(外資系でも日本人が多ければ少ないです)

 

日本から革新的なアイデアを発信し、世界や日本の生活者、ひいては、経済に貢献できるようにするためには、イノベーションの為の経営生態系の構築が必要になります。また、この生態系システムは既存ビジネスと同じ経営手法とはまったく違うものにしなくてはなりません。新しい製品・ビジネスモデルのアイデアが出てきたときに、キャッシュフローはどうなっているとか、売り上げにどれだけ貢献するのか、という通常のビジネスの話をしていては、実現することは難しくまた、イノベーションチームもやる気を失います。

イノベーションを加速するための社内組織で重要なのは次の3つ。

1)イノベーションを促進する”はしご”をはずさない経営者

世間のはやりでやっておかないと乗り遅れるくらいの“横並び”意識で実際に事業が具体化したり、イノベーションチームへのクレームが大きくなると、他人事で済ませてしまうタイプの経営者では、イノベーション事業など育ちません。経営会議では、「いくら儲かるのか?」ではなく、どれだけマーケットからインサイトを取得できてるかの質問、たとえば、「顧客・カスタマーが向き合っているチャレンジの内容は何か?それをどう解決するか?」というディスカッションに終始する姿勢を持つ

2)発想力と実行力のバランスがとれた事業創造人材チーム

前回で説明したとおり

3)アクションが起こせる加速支援者

「がんばれ!」と声をかけたり、飲みで“応援してるぞ”と励ましてくれる人ではなく、具体的に新しいアイデアを実現するために関係者へつなげられる、高いポジションのアクションが起こせる人。海外では女性が多いそうです。

 

イノベーションは、この3つのグループの掛け算で成り立ちます。1つが0だと総てが0になってします。また、現業の中に取り込むと失敗する→アイデアとチームをつぶしてしまうことは忘れてはいけません。 革新的なベンチャー企業を買収して、現業の中にとりこんでしまっては、現業従事者につぶされる可能性も高くなります。

上記3グループによって下記4点ができるかどうか注意しながら進められるような経営生態系の構築を急がなくてはなりません。

a) マーケットのインサイトを吸収できるか 

b) 現業と違う意思決定ができるか

c) 新しい考えを評価するか?

d) 十分な予算を確保するか

 

いつまでにどこまで出来るかによって、せっかく上向きになろうとしている日本経済が東京オリンピック後にしぼんでいくか、あるいは更に拡大するかを決定する大きな要因のひとつになるのではないかと思います。

継続可能な「革新」― その1

先日、六本木アカデミーヒルズで、経済産業省「フロンティア人材研究会」の専務理事でいらっしゃる西口尚弘氏の早朝勉強会に出席してきました。西口さんの定義する革新とはInvention(発明)x insight(洞察)によってEconomical and social value(経済的及び社会的価値)を創ることです。

まさしくそのとおりだと思いました。日本経済新聞ではinnovationを「技術革新」と訳していますが、いつも違和感がありました。経済的・社会的価値を生み出すのはなにも技術革新だけではありません。消費者商材を扱う会社ではマーケティングを使ってイノベーションを行うのです。消費者が気づいていないものを気づかせて差し上げることもそのひとつです。これがインサイトの定義です。インサイトとは生活者のunmet needsを発掘し、そのneedsを解決することです。

ピーター・ドラッカー氏は、マーケティングとイノベーションで世の中の価値を高めることができるとおっしゃっているそうですが、まさにそのとおり。ただし、この事を大量生産と大量消費を行うことと結びつけることはすでに時代遅れだと思います。

では、マーケティングとイノベーションだけで、経済的・社会的価値を高められるか?というとそうではありません。西口氏は革新を継続するには人材と現業とは違う経営手法が必要とおっしゃっていました。特に、日本では革新が難しい。

ひとつの理由は、日本人はできたものを批評することはできるがインサイト(白紙にデッサンを書くこと)が弱いということです。確かに沢山の人が新しい意見を批判しますが、「ご意見がたくさんあるようですので、ご自分で1つ案を創られてはいかがですか?」という質問には、「それは私の担当ではない」とか「それは彼/彼女の仕事だ」と無責任なことをおっしゃる方は多いですね。

また、新しい事業を起こすための、経営の“生態系システム”が存在しないともおっしゃっていました。人材のスキルについては、特に課題発見、コンセプト化、事業モデル化までのスキルが体系化されていないとのこと。たとえイノベーションのためのチーム編成ができていても、発想が得意な人と実行が得意な人のバランスがとれていないと前に進みません。発想が得意な人だけのチームがプランをもってくると、実行部隊は、「何をばかげたことをいっているんだ」と腹の中で思いつつ、「どうやって実行するか難しい。時間がかかりますね」と実行を先送りする。あるいは、技術力や製品開発力が強い会社の場合、“いいものを作れば売れる”とみがってに走ることが多いですが、それは大きな間違いです。生活者が求めていないものを創ってもそれは意味をなさない。何のためにその製品を開発するのか、テーマ・目的がある革新でなくては価値を生み出さないのです。

テーマがなければいくら宣伝を打ったところで、生活者の購買にはつながらず、実行(営業)部隊が製品を世の中に広めて社会の価値を高めていく活動はできないのです。

 

次回へ続く

金融資本主義の行き詰まり

物作りを効率的に行うための産業革命は、資金を提供する投資家がいたからできました。人々は電化製品を作り、生活を豊かにしてきましたが、いつの間にかその資本金は人々の暮らしの豊かさを作るのではなく、“金融ゲーム”をしながらお金を儲けるというある意味賭博場を沢山作り上げました。

 

金が金を産み、勝者と敗者を作るゼロサムゲームの中で、人の持たない情報を早く手に入れ、あるいは経済や市場トレンドを解析するモデルを作り上げ、金融市場に投資して勝負するのは、“ゲーム”や“賭け事”と同じように見えます。

 

投資銀行を辞めて今の仕事に就いた時、同僚から、債権や株式投資は“競馬や競艇と同じ賭け事だ”と言われた事があります。一応、経済の動向の影響を受けるのだから、金融商品を馬やボートと一緒にしてほしくないと訴えましたが、今振り返ってみると、経済とマネーゲームには必ず相関関係があるかというとそれは疑問に思えます。

 

人々の生活を直接豊かにする製品を提供するわけではなく、楽をしてお金を儲けるためには相手はどうなってもよいと考える人間を作っていることに気付いている人はいるでしょうか?金融商品は買う人もいれば売る人もいる。売った人が得をするか、買った人が得をするかどちらしかありません。投資銀行トレーディングルームでは、どちらに転んでも設けられるようにポジションをつくるのが腕の見せ所です。だからどちらに動くかわからないマーケットでは取引を断念します。ちょっと脱線しますが、ブラックマンデーの日にちょっと個人的な買い物をして上司に“You’re crazy, Hiromi!(お前は気が狂っている、裕美)”と言われたのを思い出しました。

 

アメリカの金利が上昇する可能性があるとFRBが発表したら、アメリカの景気が回復してきているという憶測でemerging marketに投資していた資金がいきなり引き上げられてアメリカにもどる。アメリカの金融引き締めがないとわかるとまた投資先を探して資金が散っていく。一体全体このような資金の流れが何を産みだすのでしょうか?

 

東京オリンピックが決まった今、アベノミクスによる景気回復基調を良い訳に今度は東京=日本に資金が流れる可能性があります。じゃ、東京オリンピックが終わったら投入されていた資金はまた日本から去って行き、日本経済は不況に陥る可能性はありますか?もちろん可能性は大きいです。

 

こんな金融資本主義から脱して、健全な経済活動を支援するモデルをすぐにでも見つけたいです。

民主主義の限界

先週末、山小屋へ向かう車を運転しながら、ずっと聞けていなかったCNNのポッドキャストを聞いていました。アメリカの債務上限引き上げについて、反対している少数派代表議員の意見を聞いていましたが、ほんとにそんな理由で反対してるの?というような内容のものでした。司会者は、政府機関が再開できるようにディスカッションをするといっていた議員に対し“もし再開したいのなら、再開すれば?!”と詰め寄っているのが印象的でした。

 

その後、石倉洋子先生がtwitterで、「いかに声の大きな少数派が国と世界を混乱させるか・・・」とつぶやいていらっしゃいました。その呟きに、私も、「声の大きな少数派を抑える方法はないかと考えたくなる」と呟き返していましたが、少数派の意見を取り入れることが民主主義の利点の一つであることも考えると、昨今、民主主義というのは限界にきているように思えるのです。

理由は下記2つの疑問によります。

1)少数派が利己主義(自分だけ良ければあとは関係ない)、と考えている場合、果たしてそれを取り入れることがコミュニティー全体の為になるのだろうか?手をさしのべてあげなければならない少数派と単に利己主義な少数派とは分けて考えなければならないのでは?古代ローマにみられた衆愚政治に陥る危険があるのでは?

2)自分さえよければ良いと考える人が増えてきているネガティブな要素に加えて、意見の多様性を尊重すべき世の中になってきているというポジティブな要素も鑑みると(これは日本も欧米も同じだと思いますが)、民主主義の“多数決”という概念自体に無理がきているのでは?

 

現代の民主主義が自由主義と結びついて始まったのは19世紀の市民革命頃からだそうですが(出典:wikipedia)もう170年近く同じようなやり方をしているのですから、また新しい国の作り方を模索してもいいのではないかと思います。

 

衆愚政治に陥って地球規模で混乱が起こる前に(というかもうおこりはじめてしまっていますが)、私は自国の日本で何ができるか模索していきたいと思っています。できればそれぞれの国が、新しい国づくりモデルを再考し、地球規模での発展を目標にできる国の建設を目指していけば、すばらしい世の中がきっときますよね?

 

そんな地球人であふれる世界を目指しています。

究極の整理整頓

久しぶりに記事を書けるようになりました!

振り返れば、昨年、慶応義塾大学大学院メディアメディアデザイン研究科の石倉洋子先生に再会して1年も経たないうちに生活をガラッと変える決心が無理なく出来たのは、変革と成長を遂げるために目標を掲げて小さな日々の自己反省と行動を繰り返すことが出来た結果だと思います。

 

大切だったスポーツカーや住居を売却することにしたのは、自分の考えている事とやっている事、また、今エンジョイしている生活習慣・未来に描いている理想と現在所有しているもののギャップに愕然としたからでした。決めた後は驚くほどのスピードで付随する全てのものが変わって行ったのです。

 

少しずつ進んでいる白内障ではありますが、できるだけ白濁のスピードを遅らせるためにはじめた食事療法と仕事の効率化、自宅でのパソコン使用からの脱却、週末の山での生活はこれからも続けたい。それ以外のもので必要なくなってしまったものは捨てる。無駄を省いて身軽になり、身軽になっても目標にはフォーカスする。自分自身の生活の選択と集中です。断舎利を始めてから、なんと無駄なものを所有したまま放っておいたのか反省に次ぐ反省でした。

 

先ずは所有しているもの/維持したいものとその方法、またそれに付随するリスクについての分析をしました。

1)山への生活を続けるためには?

→移動の手段としてスポーツカーは最適だろうか?夏はいいですが、雪が降ると走れません。冬の雪道でも走れるには四駆が必要です。

2)東京で広いマンションに住むことが必要か?

→朝早く家を出て、帰宅するのは早くても夜8時すぎ。自宅マンションではほとんど寝ているだけで、週末は掃除が大変。自分ひとりではきれいな部屋で気持ちよく過ごすのは限界があるため月二回お掃除サービスを頼んでいました。山小屋は、滞在するために自分で掃除ができているのに、自宅で出来ないのは何故?東京に居るとやらなければならないことが沢山あって掃除を自分でやるより、その時間を有効に使って他にやらなければならないことをしたいからです。これはもしかしたらとても無駄では?と思いました。小さな部屋であれば、ちょっとした時間で掃除ができます。

3)住宅を所有すべきか?

→ここ数年。これは自然との対話による結果なのか、どうしても関東/東京に大きな地震が来ることは避けられないと強く考えていました。強く考えているのにこんなに資産を東京に集中させていていいのか?所有している住宅にまったく価値がなくなる可能性はかなり高いと真剣に思いました。残るのは住宅ローンだけ。そんなリスクを負うより一旦手じまって、資産を現金として確定させておくのもひとつの方法だと思いました。しかも、できるだけ早く。

4)外資系企業で働くリスク

→業績が良くても平気でリストラをする外資系企業に勤めているので、そんなリスクに振り回されるのは馬鹿馬鹿しい。ローンを抱えていては打って出ることもできない。そんなリスクに備えて自由になっておいたほうがいいのでは?

 

これが3月から計画をはじめ、6月には実際に行動を起こし、9月16日には引越しを完了するまでに、変わらずに私の行動を支えていた分析結果です。

残念ながら荷ほどきはまたまだ続いています。

グローバルリーダーとして成功するには

7月1日に六本木アカデミーヒルズで行われたハーバードビジネススクール(HBS)ゲストスピーカーシリーズで、日本GE(株)代表取締役/GEキャピタル社長兼CEO 安渕聖司さんのお話を伺ってきました。1時間半にわたるとても興味深いお話でしたのですべてをここで紹介はできませんが、表題に焦点を当てると、グローバルリーダーとして成功するポイントには5つありました。

噛み砕いて書くと、

1)日本人として自分自身の価値基準を持つ

2)好奇心を持って一生勉強し続ける

3)自分の考えを自分の言葉で堂々と話す

4)自分と違う考え方、新しい考えを受け入れて革新的なアイデアを出す

5)自分自身の考えをできるだけ多くの人に多くの場面で話す

 

安渕さんの卒業したHBSはケーススタディー中心で成績の半分がクラスでの発言ということで、私の卒業したバージニアのダーデンビジネススクールと同じ教育方法ですので、1)と3)については授業でかなりトレーニングを受け、今の会社に働き始めてからも外国人との会議の中で訓練を受けてきました。2)については私の信条ですので、日々努力はしているつもりです。

 

現在の会社に勤めていて、難しいと感じるのは4)と5)です。4)については、私自身が違う考え方や新しい考え方に耳を傾けて新しいアイデアを創造しようとしても、会議出席者の多くが、自分と違うあるいは新しい考え方を受け入れようとしないと(特に日本人に多いのですが)ユニークな考えが出てきても無視されてしまい、そのうちに既存の考えから脱せない先輩たちに会議をコントロールされ、違う意見を持った人たちが、発言をあきらめてしまうケースが多々あります。5)について、私は別に他の人から理解されたいとは思わないので、わかってくれる人に少し話すだけであとは黙々と仕事をしてしまいます。会社内の食事会や飲み会にも参加はせず、趣味を楽しんだり、外部の講演を聴きに言ったりするほうが私にとっての優先順位は高いです。

アメリカから帰国したあとは比較的自分の考えをいろんな人に聞いてもらいたいと思っていましたが、日本を出た事がない人にはわかってもらえないといつの日かあきらめてしまっています。自分の考えを発表できるチャンスを自分でつくろうとも思わないので、ちょっと時間がかかりそうです。

 

講義の中で、アメリカ人からの想定質問「日本人は無宗教だといわれているが本当か?」に対してあなたならどう答えるか?というインタラクティブな場面もありました。ポイントは日本人にありがちな答え「そうですね」は絶対NGということ。迎合はしない。自分で考え、自分の言葉で論理的に説明することが必要です。私はこう答えると思います。

「質問への答えはNoです。 日本人に“あなたは特定の宗教に属していますか?”と聞けば、多くの人が“いいえ”と答えると思います。しかし、普段の生活習慣には神道の神様や仏教の仏様がいたるところに存在しておりそれが習慣化しているので、“宗教”という概念で神様や仏様を信じてはいません。西洋のように自然を支配するのではなく、自然と共存することを目的として生きている日本人は自然の中に存在する山、河、土地、木、花にいたるまで神様が宿ると考えます。少なくとも私はそう考える日本人の一人です。そして神や仏を信じる=宗教を持つであれば、日本人である私は宗教を持っています。」

あなたならどう答えますか?

財産

財産というと“経済的価値のある物”(Wikipedia)ですね。土地、家、車、宝石、美術品、等々、人々が経済的な価値があると理解できるものは沢山あります。どれくらいの価値があるかという評価については人によって変わってきます。

 

先日アップしたブログで、私は固定資産を持つより流動性のあるお金に変えることを選んだと書きました。そのお金を金融資産かほかのものに投資しないの?もったいない!疑問に思った人は沢山いると思います。物は存在する限り価値がありますが、形が崩れてしまって、本来の機能を失ってしまえばまったく価値がなくなります。金融商品も同様。例えば、株式のバックにある会社が破たんすれば、株は紙切れになります。形として存在するものが、永遠とは言わないまでもある一定期間は存続すると信じるからこそ、財産を持ちたいと思うのではないでしょうか。緩やかなインフレが本当に来れば、物を持っている場合、その価値が上がっていきますから、持っているだけで得をする。だから財産を沢山もっていたい。普通はそうです。

 

では、阪神・淡路、東北のように、地震や津波が来た場合はどうでしょう?先日アメリカでおこった竜巻が突然おそったらどうでしょう?家も車もなにもかも壊されて、それでも生き残った方々は何を思うでしょう?

 

私は大丈夫。私の住んでいるところは大丈夫。

そう?100%そう信じ切れますか?

 

人間に最後に残される自由は考えることだといわれています。何もかもなくなっても、命があれば考えることはできます。絶望の淵に追いやられても、希望を持つことができます。そして、もう一度、街や国を作り直すことができます。その時に必要なのは、再度物を作り上げて立ち直ろうとする心、生き残った人々を助けようとする心とその魂の叫びではないかと思います。

 

仏教の“無常”という言葉を忘れずに、聖書に書かれているように、形のある財産を築くよりも、日々「天の蔵」に徳を積むように努力したいと心から思います。

突然変異?

企業によっては自己変革の為のセミナーを提供して、社員の育成を促すように教育することもあります。社員のやる気を促進し、新しい考え方を取り込むためには何が必要か?巷には色々な方法があふれているようです。 どのような自分に変わりたいかと目標を持って努力する人が大勢いると思うのですが、今回私が経験したのは、ある簡単な事をし始めた結果、無理なく自然に自分が変わっていて、自分自身がびっくりしたという現象です。

 

以前から知人数名より、「トイレ掃除を素手でやるといい」と言われていました。何のためにそんなことするの?どんな良いことが起こるの?と聞いても、「とにかく良いからやってみて」と言われるだけ。その話を聞いて、「そうですか、ではやってみます」という気にはまったくなれず、はじめてその話を聞いてから10年以上の月日が流れていました。今年の3月上旬だったと思いますが、「市販の洗浄剤をつかってではなく、重曹やクエン酸を使って素手でトイレ掃除をしてみてください。環境にもいいですよ。」と言われ、漠然と「何かを変えたい気がするし、今やらなければ一生やらない」と思った私は、翌朝から早速トイレと洗面台を素手で洗うことを始めました。まったくロジカルではなく、理由もなく、なんとなく行った素手のトイレ掃除のあと、色々な事が全く違った視点からロジカルに見えることができるようになったのです。

 

5月下旬、突然、今持っているマンションとスポーツカーを売りたくなりました。以前「豊かな生活」についてブログに書いた事があるのですが、自分の求める豊かさの確認と、また、身の回りの整理整頓をとことんしたくなったのです。思えば、東京の自宅にはたくさんの無駄があります。昼間仕事をしていてほとんど家にいないのですが、主人と二人で住むには十二分に広い空間があります。部屋の中を快適に過ごすための冷暖房費はとても高くつきます。掃除も大変です。月に2回業者を頼んで水回りを中心に掃除をしてもらっているのですが、はたしてその必要はあるのだろうか?

 

自分にとっての快適な自立した生活は、1)東京では必要最低限の空間で、自分だけで短い時間で掃除ができ、食事が作れ、洗濯ができ、お風呂に入れる、2)趣味の踊りや乗馬は続けられる、3)スポーツカーではなくオールシーズン使える燃費の良いを持つ、4)岐阜に借りている小さな山小屋の自然を楽しむ、ことであると考えました。これでも十分贅沢なのだと思います。

 

故郷ではあってもいずれ東京を離れどの町や国へ行くかわからない、いつ東京に帰ってくるかわからないという第6感は常に強く働いているので、それならば何故身軽にしないのか、自分の中でつじつまが合わなくなってしまったのです。それに、物に対する執着が小さくなってきていました。まさか、こんな大きな結論が、「素手のトイレ掃除」からスタートするなんて思ってもみませんでした。最近はトイレと洗面台の掃除から、浴室の隠れた汚れまで気になって掃除を始めたくらいです。これで業者に掃除を頼むこともないですね。

 

みなさんもやってみてはいかがでしょうか?どんな結論が出てくるか楽しみですよ!

イノベーションへの姿勢

5月初旬に六本木アカデミーヒルズで行われたピーチ航空株式会社の井上慎一社長のお話を聞きに行きました。お話のお相手役は、一橋大学イノベーション研究センター教授、米倉誠一郎先生でした。以前から米倉先生の講義には興味があったのですが、なかなかスケジュールが合わず、今回初めて参加しました。残念ながら最初から参加はできず、2時間の講義の最後の50分のみの参加でしたが、たくさんの刺激を受けて大満足!やはり、日々の忙しさに忙殺されているだけでは自分の意識が発展しないなあとつくづく思い知らされた50分でした。ですので、講義終了後の帰宅時には、意識が軽くなったというか、creativityの幅を広げられるような「気」がしていました。

 

さて、私が聞けた範囲での講義の内容は:

1)イノベーションの為に意識する事

A)     通勤・通学時に毎日同じ道を歩かない

B)     同じような服を持たない、着ない

C)     人と同じ事をしない

D)    できないと思われている事をできるようにする

E)     Why を繰り返す

2)自分の軸で物事を判断する

A)     第一人称で語る。 

3)明確な目標を持つ

A)     目標を達成する為の今日一日であると考え、行動する。

4)ピーチ航空のポジショニング

A)     「空飛ぶ電車」

B)     機内エンターテインメントの変革

C)     空港との協働

 

私自身イノベーティブでありたいと思っていても、1)の内容についてチェックしてみると、反省すべき事があります。例えば、通勤時にはほぼ同じ道を歩いていますので、見ている物がいつも同じ、あるいは同じだという先入観がありますね。服についても、私は機能性を重視してしまうので、似たような服をたくさん持っています。これを変えるにはお金がかかります。さあ困った。

 

ピーチ航空は米倉先生のアドバイスの基、井上社長の革新的な考えと明確な目標を持って立ち上げられました。とにかくポジショニングが既存航空会社とまったく違う。気軽に乗って移動できるように、運賃を安く抑える「空飛ぶ電車」。運賃を安く抑えるために、先ずは空港施設使用料にメスを入れて搭乗口と飛行機は回廊でつながない。搭乗者は搭乗口から機体までは歩き。当然、雨が降っていれば傘をさす。そういうものだという考えを搭乗者が持てばいいわけです。これには、時間がかかりますが、それで安く移動できるならそれでいいのでは?You’re paying for what you get. 次に、通常ある機内エンターテインメントは、待ち合わせのラウンジで自分の持つディバイスに好きなだけダウンロード。ダウンロードしても4時間後には自動消滅。最近はよほどの高齢者出ない限り、いや、高齢者でさえ、音楽か映画をダウンロードするディバイスは持っていると思うので、充電さえできれば大丈夫では?あるいは好きな本を読んでもいいではないですか。(私は飛行機ではもっぱら読書派です。)食べ物も飲み物も自分の好きなものを買って機内に持ち込めばいいのです。ある意味、自分にあったフライトの楽しみ方ができるわけです。

さて、シートは革張りでなんか豪華な感じがしますが、これもコスト削減の一環だそうです。何故なら、革性のほうが掃除がしやすいからですって。納得。

従業員も3年契約で、パイロットは飛んだ距離に比例して給与が上がっていくしくみだそうです。

つまり、みんな危機感を持って仕事ができる。どんな人が社員になるかというと、どなたもその道のプロでやっている人達で、例えば、ミュージシャン、アーティストもいるそうです。どんな人でも何かの”プロ”になると、会社が研修を行わなくても自分たちで率先して学んでいこうとする。ですので、社員の育成にお金をかけることはないそうです。なので、新卒は取らない。

徹底したコスト意識のおかげで格安になると、やはり、搭乗者とその家族を空港に引き寄せるパワーは既存航空会社には負けないかそれ以上となるので、地方空港施設にとっては集客のお手伝いができ、win-winの関係が確立できることになる。

 

搭乗者と空港施設の理解が必要になりますが、スタートしてから3年がたつらしいですが、既に利益は出る見込みとか。さすがだと思います。関空がハブなので、東京にいる私にはなかなかチャンスがありませんが、是非近々乗ってみたいです。

 

それにしても、私も日々の生活を反省し、できるところから変えていかなければ。

豊かな生活

先日、高山市の回転すしに一人で食べに行った際、隣に座った初老の男性と話をしました。

アメリカのユタ州でグライダーの操縦を習った高山出身の方で、今はオーストラリア在住とのこと。高山が雪で覆われるときは、オーストラリアで過ごし、高山が暖かくなると戻ってくるそうです。

「どちらの方ですか?こちらにはお仕事で来ていらっしゃるのですか?」

いつもそう聞かれるとおり、その方からも聞かれました。事情を話すと、やはりお決まりのせりふ。

「ずっと住んでいると飽きて東京に帰りたくなりますよ。たまに来るからいいのです。」

 

確かに、一昔前であれば、自然は環境が良い場所はほかに何もないので飽きてしまって都会が恋しくなるとは思います。では、東京で享受できるものって何でしょう?おいしい食事、お酒、演劇、映画、美術、高い教育、趣味の充実、等々、楽しみたいものが沢山ある人には、こんなに沢山の選択肢がある東京はとても魅力的ですね。

 

19歳になって留学生としてアメリカに住みはじめ、日本と行き来することになって、「私にとって豊かな生活とは何だろう?」と考える事ができました。第一専攻が英文学(ちなみに第二専攻は数学!)だった私は、たくさんの本を読まなければいけないことが多々あり、よく、車で郊外へでて、小川のほとりでひたすら本を読むようになりました。車で10〜15分もドライブするとニジマスが取れる小川があったのです。金曜日は大学の近くのピザ屋でビールと大きなピザを友人と楽しみ、週末は大学のオーディトリアムでクラシックコンサートを楽しむ事を覚えました。東京ではできないことは日々の生活の中で豊かな自然と簡単に触れ合うことでした。それまではそんな贅沢があると思いもしなかったのです。思えば、私の「豊かな生活」のブループリントはこの頃にできました。知的好奇心が満たされ、社会活動に参画でき、そして、豊かな自然に感謝して生きていく事ができ、食べ物はできるだけ自分で作る。東京の自宅で、豊かな自然から与えられているすべてに感謝して生きていなかった私にとっては、アメリカの地方学園都市の生活はとても贅沢なものだと考える事ができたのです。ヨーロッパの友人もアメリカと同じような生活ができると話していました。アメリカ人もヨーロッパ人も、大都会にすまなくても、豊かな生活はできるのに、日本は大都会にすべてが一極集中してしまっているが故に、物・金・権力にのみ焦点が行きがちで、私たちをはぐくんでくれている大切な自然への感謝を忘れてしまっている。とても残念な事だと今でも心底そう思えます。

 

アメリカの地方学園都市の文化レベルの高さは日本の地方都市とは比べ物になりません。とはいえ、日本の地方都市もこれからは同じかあるいはそれ以上になれると思っています。例えば、インターネットを始めとする通信ディバイスの発達から、いつかは、能力さえあれば最高の教育がその学校に物理的に通わなくても受けられるようになるでしょう。事実。既に、コンサート、演劇、スポーツ観戦等もその場にいなくてもライブで楽しめるようになっています。つまり、地方でも設備さえあれば、距離は問題にならなくなる時がそう遠くないと考えます。将来、そんな街づくりになんらかの形で協力できるといいなと考えています。

穏やかな時間

色々な記事を書きかけては、アップできずにもう5月中旬です。

昨日から体調を崩し、食事やトイレ以外はほとんど床から出れず、また、食料を買いに行く以外には外へ出ていません。

 

体調は実につらいのですが、心はとても静かで、また、東京は都心部であっても昼間はこんなにも静かかと思うくらい静かな時を過ごしています。

 

外は温かく、日も照っているので、部屋の空気を入れ替えようと窓を開けましたが、ただ木々が静かに揺れているだけ。週末に届いた色々なハーブの苗も、陽の光を浴びてうれしくしているように見えます。

 

代々木公園から飛んでくるのか鳥たちのさえずりも聞こえていて、とても素晴らしい日であることに感謝でき、また穏やかな優しい気分で短くはありますが、ブログをアップしようと思えました。

 

記事を書きかけてもアップできないのは、自分の中で色々な変化が起こっていて、どの書きかけの記事にも満足できなくなっているからなのだと思います。

自分の中って?どこかしら?魂が変わってきているくらいの勢いともいえそうな気がします。

 

今日はこのまま陽の光を浴びて、風を感じ、明日のことは考えずに穏やかに休みます。

山の精霊による受け入れ

今までとは全く内容の違う不思議な体験を書いてしまおうかと思います。

皆さんは宮崎駿さんの映画を見た事がありますか?彼の映画には、人でも動物でもない不思議な生き物や精霊が沢山出てきます。そんな精霊たちの声を聞いたり、感じたり、目をつぶっているときに見る事ができるのです。目を開けていると見えないのが不思議ですよね?もちろんいつもではありません。夜中だったり、明け方だったり・・・。昼間でも、目を閉じて、例えば、神様(大いなる宇宙パワー)と波長を合わせようと努力しているときには、目を閉じていても、近くにいる人が見えたりします。でもいつもではないので、ある意味安心しています。いつも聞こえてたり、見えてたらきっと怖いですよ〜〜。

 

ところが、その不思議な体験がある場所へ行くととても頻繁に起こるのです。数年前から飛騨の山奥に山小屋を借りて、有機農業のマネごとをさせていただいているのですが、そこでわりと頻繁に不思議な体験をさせていただいています。

 

最初の体験はちょっと怖かったです。まだ、山小屋を借りたばかりで、ほかに借りている方や地元の方々ともあまりお話をするチャンスもなかった時ですが、週末一人でゆっくりしようと東京から5時間以上かけて泊まりに行きました。農作業も少しだけでき、畑さんに、「ありがとう。これからもよろしくね」とお礼とご挨拶をしてその日は早めに寝ました。とても静かでぐっすり眠れたのですが、明け方、もう明るくなっていた頃、車の走れる舗装された道のほうから、2人(そのときは人間だと思いました)うちへ向かってざっざっと歩いてくる音がはっきりと聞こえたのです。「こんな早くからどなただろう?まだ寝ているのでいきなり起きて出れないし、このまま寝た振りをして、あとでどなたかわかったら謝罪しよう」と布団で寝たままにしていました。ところが、2人とも玄関に到着した時、1人が音もなくすっと家の中に入ってきたのです。「やだ!人間じゃない!どうしよう、怖いよ〜!神様助けて!」と真剣に心の中で叫んでいました。「頼むから怖い事しないでね、お願いね。」何回も心の中でお願いしていました。身体は硬直してまったく動けなくなっていたのです。すると、一人は私の布団の横に横たわり、とても優しく、寝ている私を抱きしめてくれたのです。それはそれはとてもやさしく、まるでディズニーランドのミッキーマウスがそっと抱きしめてくれるような感触でした。(経験ありますか?)

 

「え・・・?ありがとう・・・。」と心の中でつぶやいて、やっと身体が解き放たれて動けるようになった瞬間、2人ともすっと消えてしまったのです。人間の霊ではなく、精霊だということしかわかりません。でも二本足で歩いていました。しばらくしてから「もしかして、私はこの土地に受け入れてもらえたのかもしれない」そう思えて嬉しく仕方ありませんでした。

 

それからは、農作業をするときも何をするにも宇宙を作られた神様と土地の守り神様、それから精霊たちにご挨拶をして、対話をしながら短い週末を過ごさせていただいています。

会社との付き合い方

“失われた20年”の間に日本企業の多くは、終身雇用制度を捨てざるを得なくなりました。それでも日本の労働基準法は企業が雇用を守るべく努力するような記載があるようです。私の勤めている会社も外資でありながら、日本の法律を守る義務があるため、日本で業務開始してから50年以上はたっていますが、2000年になるまでリストラはしませんでした。とはいえ、最初のリストラは(さすが外資!)1000名ぐらいいた従業員を500人に減らしています。その後も人事と法務のクリエーティブな発想で、早期退職パッケージなしで不本意ながら辞める選択肢を選んでいった先輩達が沢山います。

社内組織も一年中必要な時にかわります。部署ごとなくなったケースもあります。最近は販社も含めて再構築する動きが頻繁に起こっており、つまり、一ヵ月後に何かが起こって、気がついたら仕事がなくなっていたという状況が100%ないわけではありません。

 

そんな緊張感のある会社に勤めていますので、一面に持つ華やかさに満足しながらも、何が起こってもいいようにコンスタントに準備はしなければならないわけです。皆さんのお勤めの会社はどうでしょう?もし、そんな会社だったら辞めちゃいますか?

 

辞めるのは最後の手段だとは思いますが、やれることがあるうちはやっておくのもいいのではないでしょうか?日銀の景気対策が実際に数字として見えてくるまでは、次の仕事はそんなに簡単に見つかりませんし、すぐにやめる必要もないと考えます。冷静に会社との付き合い方を考えればいいのです。おおまかな人生設計ができていれば比較的簡単です。例えば私の場合、ざっくりと4段階ありますが、会社はBの「自分で事業を興す」為の手段と考えます。

 

@   社内でのキャリアパスを見直す

A   社外での機会を探す

B   自分で事業を興す

C   リタイヤして悠々自適な生活を送る 

 

弊社では、年に一回今後のキャリアデベロップメントを考える機会があるのですが、最近はなかなか次のステップを決められないでいました。まだ社内でできること、興味のあることはないか?2〜3年のタイムスパンで考えているのですが、今回はちょっと冒険をしようと思い立ちました。新しい部署への異動。そのエリアでは新任ですが、セールスを維持しながら成長を続けることはできると確信が持てるようになったからです。やってみなければわからない。やらせてもらいたい。でもうまくいかなかったら?慶応大学大学院の石倉洋子先生の言葉を借りれば、“So what?” そして“Take actions!”

ということで、やってみました。結果は私のプランを受け入れてもらえなかったのですが、気持ちは晴々としています。次のチャンスに活かしましょう!

自分で自分を限定しない。幾つになっても、自分にできることは無限にあると信じます。

勝負は消費者が決める

アップサイドポテンシャルの話をしましたが、会社組織の場合、そう簡単にアップサイドポテンシャルを追えない事もあるなあとしみじみ思いました。

例えば、売り上げを上げることが大変なここ数年の日本のような経済状態で収益を上げる、或いは、会社として存続をするためには、経費を削減して、株主の利益を守り、しかも、雇用も守らなくてはなりません。(すぐに人員削減をする会社もありますが・・・)

 

株主の利益を最大化することが、経営者の責任とビジネススクールでは教えられました。20年前は、「会社は誰のもの?」という議論に結構はまっていて、日本人として、「会社は従業員のものだ!」とドイツ人の友達とつるんでアメリカ人学生に挑んでいましたが、フィナンシャルマーケットも欧米化してきているので今では日本の会社もあたりまえのように「株主の利益を守る」事を声高に言うようになってきています。

 

とはいえ、会社は誰のもの?という議論を始めるときりがないので、ここでは、会社は株主のものという前提でお話します。

 

アップサイドポテンシャルを追えなくなるケースには、株主の利益を守らなければならないからという理由が見られることが多いです。私のいる消費者商材業界も同様で、四半期ごとの配当を提供することが大切だったり、短期の株価の動きで利ざやを稼いでいる投資家が多いと、どうしても、目先の利益を守ることを考えてアップサイドポテンシャルのための投資よりも経費削減で営業利益を守ろうとします。とはいっても世の中には、例えば年金運用会社等、長期的利益を求めている株主もいるわけですから、そういう会社が保有する優良株式会社であれば、長期的売り上げ向上のための投資(製品開発費、人材育成等)は継続して行っていくはずです。

また、別の角度から見ると、資本金が日系なのか外資なのかによってもスタンスが違っています。どちらかというとまだ日本企業のほうが、将来への投資をしっかりとしているように見えるのですが、外資系はかなり短期的利益取得型です。(ドイツ企業は違うかも?)

私のいる会社は外国資本の会社ですが、当該年度の利益目標に到達しないとわかるとすぐに、メディア予算、販促費用をカットします。逆に円高になってしまうと、利益が多すぎるのでどんどんメディアを追加投資します。製品開発にもあまりお金はかけません。消費者商材はプロダクトライフサイクルが短いため、早く投資を回収して次の製品を出すという事が必要だからだと思います。

 

しかし、果たして消費者はそれで満足するのでしょうか?

 

消費者が何を求めているかについては色々な分析をしてそれぞれの企業が先を争って新製品を出していくのだと思いますが、消費者不在で株主の利益だけを守っている企業と、消費者の消費嗜好にあわせようと中期的にでも研究開発をして、株主の利益を投資にまわす傾向のある企業とでは、果たして、どちらが消費者の心をつかんでいくのでしょうか?

 

勝負はマーケットシェアーという数値で消費者が決めることになるのです。

ダウンサイドリスクよりアップサイドポテンシャル

すぐに解決しない問題についてはある意味神頼みとでもいいますか、時間が解決するまで少し温めておきながら、とにかく前に進もう!と2,3週間前に決心しました。その後、このままではいけない。何か始めなければ、新しいことを学ばなければ、と日々すごしていました。

すると面白いことに、いつもバクと見ているニュースとか新聞、雑誌記事等がどんどん目に入ってくるのです。(いつかもおはなししましたよね?)

 

新年度も迎えて、多くの人が希望に満ち溢れていることが追い撃ちをかけてくれたのか、私自身も「やはり新しいことをはじめよう!」と思えました。現在の仕事もいいですが、昨今、同じ会社で仕事をすることのダウンサイドリスクが多く聞こえてきています。そんな情報で一喜一憂するのは悲しいですね。

 

そこで、アップサイドポテンシャルをどう追っていけるかを再度考えることにしました。同じ会社で同じ仕事を継続することのリスクと、もし継続して仕事ができたらもらえるであろう給与とどちらをとるべきか・・・。

 

ないものをベースにするより、アップサイドポテンシャルに挑むほうが希望に満ち溢れます。実際、アップサイドポテンシャルのことを考えると以前よりやる気が出てきている自分がいます。

 

やはり、成長のために、自分を変革しづつけることは基本ですね!

死ぬまで成長しなくては!否、死んでも成長しなくてはいけないです!

国内需要がない?

資源をもたない日本の戦後の経済発展モデルである“材料を輸入し付加価値をつけて海外に輸出し外貨を稼ぐ”ことは、最も効果的な景気回復施策の一つであるとビジネススクールでディスカッションしたことがあります。確かにその通りですが、過去からの蓄積でこの時代になっても力を持っている輸出産業側に偏った政策を日本政府が取り続けることについては疑問があります。

 

国内市場熟成により新規需要の可能性が少なく、短期的なリターンが見込めないから海外へ?

 

日本国内をもう少し俯瞰的にレビューしてみれば、国内需要を発展させるチャンスはまだあるのではないでしょうか?例えば、大手電力会社に頼らないエネルギーシステムの構築。送電分離が可能になる目途が出てきているのですから、大量電力を供給する大手電力会社に頼らずに、必要な電力を水力・風力・バイオマス等を使って地域で賄えるように小規模電力に力を入れる取り組みを行う。電気代がしばらく高くなる可能性はありますが、使い放題だった電気を節約すればいいのです。本当に必要な時だけ電気を使う。TVをみる時間を短くする、夜更かしはしない、等それぞれが工夫をし、電気代が高くなる分しばらく我慢すればやっていけるように思えます。サステイナビリティーの観点から良いことですよね?

 

また、日本人がもっと日本でとれる食材を使った日本食(お米、魚、野菜中心の食事)を取るようになって、不必要な食べ過ぎをやめれば、自給率は上がり、需要が増えるため、農業・漁業が少しは潤います。私自身が日本食中心とした玄米食に変えてから、健康状態はずっと良くなってきています。無理なダイエットや運動をしなくても体重は飛躍的に減り、血液もサラサラになってきました。私と一緒にほぼ同じ食事をしている主人もこの20年高かったコレステロール値が正常に戻っています。成人病防止にもなりますね。

 

私たちそれぞれが自分たちの生活を見直し、大企業が海外へ行ってしまっても、国内経済が空洞化しないように何ができるかをそれこそ地域ぐるみで考えていくチャンスがきているような気がします。東京、大阪や名古屋などの大都市圏でも、個々が生活を変えることからはじめておき、積極的に生活習慣を変えることをすることで、失われた20年間から抜け出ることはできるでしょう。また、日本の国の中で生きていこうとしている地域に根差した中小企業支援もしたいです。

明治維新のような偉人になれなくても、私自身は国の将来のためにできることはしていきたいと考えます。そんな人が増えていくことを願っています。

誰のせい?

政府がTPPの交渉参加を決定し、その準備のための組織を作ることを発表してから、TV、新聞、雑誌、ツイッター、等々色々なメディアを通じて色々な意見が述べられています。

佐々木俊尚さんのツイッターで、黒船が浦賀へ来たときのような騒ぎで、幕府につくか、薩摩・長州かといった明治時代へ移行するときのような状態だと述懐しているのが大変面白いですね。時代が大きく変わる時は世の中を二分にする議論がでてくるのだと思いますが、そう考えると、これから日本が変革していくプロセスをわくわくしながら観察して、必要であれば、自分の生き方の軌道修正をしたいと思います。

 

常々思っていたのですが、日本の国力がなくなってきたのは国民自体が近視眼的に短期の利益しか追わなくなっていることに由来するのではないでしょうか?

例えば教育。学校教育にゆとりを持たせて創造力と柔軟性を持たせるというコンセプトはいいですが、結果、教師は努力をしなくなったように見えますし、生徒は体力づくりをしたり、創造力や柔軟な考え方を醸成するより、ゲームに走って物のあふれる時代に満足し、考えることが少なくなるかあるいはやめてしまう。何のために“ゆとり教育”が必要なのか明確でなかったからではないかと考えます。例えば、国の経済力、競争優位性の強化を目的とするということと、そのためにどんな産業に力を入れるのかという指針が不明確だったためにこの20年はただ底を這っていたのではないでしょうか?本来であれば、国が何をいわなくても心ある日本人が自ら指針を作ればよかったのですが、明治維新のときのようなビジョンを持った日本人が不在だったのでしょう。

 

日本国民の知性の低下は教育から端を発し、日々の消費動向にまで影響しているとも考えています。安くよいものを手に入れたいと思う消費者は結果的にデフレスパイラルを抜けられない消費形態を作り出し、中・長期的に賃金の低下まで招いてしまう。

自分さえ良ければ良い。今さえよければ良い。と思う人々が多くなった結果なのでしょうか?私自身ができるところから、本来日本人の持つ長期的視点と自己犠牲の精神を復活させたいと思っています。

前に進まなくては!

ここ数週間、会議準備、弟の精神的な問題、恩師の死と、落ち着いて書く時間もまた考える余裕もありませんでしたが、昨日、日常の忙しさを断ち切って東京を離れ、岐阜の山奥で静かな時間を過ごしながら、あれやこれやとただただ考えました。

 

今朝起床してやっとペンを持ち、紙に向かって記述できるようになったため、それならこちらに保管してあるラップトップを立ち上げてみようかとやっと思うことができました。

 

今朝のBSニュースでは、ロシアと中国の関係強化=アメリカ・日本への牽制、TPP交渉への準備態勢を整え始めたと、報道されていました。どんな主義主張の国でも、地球で存続し続けたいのであれば、自分たちの持つ領土を広げていくのではなく、その他の国々との関係を良好に保ちながら経済的にも文化的にも成長できるよう整えておかなければならないと思います。「自分たちさえ良ければいい」とだけ考えて国を運営したり、あるいは、「自分たちの能力・国力は勝っている」と誇示するだけで発展できるような状況ではないのだと考えています。

 

日本の安全保障ということは憲法9条の関係から小学校の時から北方領土問題に興味を持っていました。昨今、竹島や尖閣諸島のニュースには注意深く耳を傾けています。でも、自分で何か具体的にできることは残念ながらありません。

 

世界の中の日本の位置づけという意味では、これから開始されるTPPの交渉内容に興味を持ちながら、貿易という視点から日本の国としての今後を考えることができると思います。目が離せないですね。

 

石倉洋子先生のグローバルアジェンダセミナーは若手を中心に開かれるセミナーですが、ちょっと興味があります。小論文を英語で2つ、日本語で1つ書いて申し込むのですが、合格できるか自信がないのでしばらく考えて見ますか・・・。申し込み締め切りは5月8日16時だそうですよ!ご興味ある方はぜひ!

恩師をしのんで

お世話になったミシガンの教授の訃報が届いて、仕事で忙しく、また、身内のことでばたばたしていたところに追い打ちがかかり、ブログをアップできないでいます。

 

今、何が書けるか?

 

しばらくぶりに、自宅でコーヒーを飲みながら何もしない時間を持つことができました。何を思うかといえば、今は、亡くなった恩師の事を思います。

 

思えば、20歳で渡米して以来、ずっと今まで私の人生の分岐点にはからなず先生のアドバイスがありました。直接、先生の講義をとったことはなかったですが、元日本人だったその方からは生き方についての指導を得ました。その指導は私の人生の基盤となっています。

 

先生、富士山と桜を見に来るっていってたよね?

昨日、東京で桜が咲いたよ。大好きなお相撲も大阪でやってるよ。

見に来てね。

近いうちに、時間見つけてミシガンにお墓参りへ行くから待ってて。

 

埋めるべきギャップ

自分のあるべき姿を見える化したのですから、今度は実際の自分とのギャップを見つけて、修正しなければなりません。先ずは、明るい性格かどうか?明るい性格だとは良く人からも言われますし、自分もそう思います。家庭では冗談を言ったりして、結構笑顔が絶えません。ですので、“明るさ”についてはOK! 次に、爽やか、あるいは、感じかいいかどうかについてです。爽やかかどうか人に聞いてみたことはないですが、月に一回実家に行く時や、仕事中の事を考えると、爽やかとは逆のようなイライラすることはかなりあります。ですので、これが短期間に解消したいギャップだと認識しました。さて、ではどのようにこのギャップを埋めよう?すぐにでも始められる解決方法には二つありました。先ずは、「落ち着いて着実に物事を行える」ようにと自分を戒めます。イライラする時は時間の制限があるのに、自分や自分以外の要因のせいで、プロジェクトが遅々として進まない時や、チームや他部署に依頼しているアサインメントに対して期待していたアウトプットが得られなかった時が多いです。そういう時はまずは自分自身でリスク管理をする意味で、せめて時間の制限が足かせにならないように時間に余裕を持たせてプロジェクトやアサインメントを終了するように努力しています。できることはできるだけ丁寧に、また、できるだけ早めに仕上げておく。時間に余裕があれば提出までに上司や他部門のアドバイスを受けたりする余裕がでてきます。それでも何かの原因でうまくいかなかった時は自分にも周りの環境にも腹を立ててしまうことになりますが、原因については半分自分、半分はその他と思うようにしています。すると、苛立ちが半分ですみます。

ところが、自分でできることはできるだけ早いタイミングで行ってしまいたいということが、たまに仇になって、少し何もしなければよかったと思うこともあります。他の部署で何が起こっているのかの情報が不足しているときや、早めに終えることにのみ焦点を当てて、質の高いアウトプットを目的とすることを忘れてしまう時です。現在勤務中の会社では会社の全体の動きがわかるほとんどの必要情報が集まるような部署にいることが多いため、日々入ってくる情報でなんとかやっていけてしまうことがあります。ただ、そうは言ってもすべての情報が来るわけではないので、少し暖めておいてから実行に移すことも必要です。どうも、このバランスが難しいですね。あまり遅らせてしまうと、タイムリーな実行ができなくなりますし、早くしすぎると、あと1〜2日ほうっておけば、新しい情報が入ってきてもっと良い解決方法が提示できたのに、ということもあります。必要な情報をどの部署が持っているかが明確でないことが多々あるためです。

また、別の事例では、ある部署の役割である仕事が、その部署から当然のことのように自分の部署に回されてくることもあります。そういう時はやはり腹が立ちます。「それってうちの部署がやることではないのでは?ちょっと便利屋にしないで!」とイラっとしてしまいますね。 これもさわやかになれないギャップの一つです。腹を立ててしまう時は、先ずは、その事実を受け止めて、相手に腹を立てずに、相手の状況を考えてあげて、「ちょっと、それはそっちでやるべき仕事でしょ?!」としからずに一呼吸置くことです。「忙しすぎて、無意識に他に仕事を回してるのかしら?」と理解しようと努力することは、事実を受け入れるための努力ではないかと考えています。ですので、受け入れるイコールそのチームの仕事を請け負うことではありません。(そんなことしたら、悪い言い方ですが、味をしめてまた依頼されてしまいます)。相手の状況を理解しようと努力し、その状況を解決するための最善の方法を逆提案してあげることなのだと考えます。つまり、ギャップを埋めるための二つ目の方法は“受け入れる”ことなのです。

あるべき姿の見える化

さて今度は、自分の外見についての分析です。自分の顔について、客観的に見ることは難しいですね。日々みている顔なので、改めて観察しても、いいところは見当たりません。多分、多くの日本人女性がそう思うように、「悪くもないし良くもない」でしょうか。2/6記事の自己紹介文でも書きましたが、パソコンに向かってメールを書いたり、資料を作成しているときに、怖い顔をしていることが多いようです。自宅では主人から、会社では先輩から、「すごく怖い顔をしてるけど、何かあったの?」と聞かれることがありました。目が悪いせいなのか、うまく事が進まずにいらいらしてメールを見ている時だったからなのか覚えていませんが、これは改善しなければならないと思いました。眉間にしわがよるような事をしてはいけないと常々思っていたのですが、どうも、現実的には無理なようでした。(しかも眉間の縦しわが深くなる!)また、昨年、ある方にお会いした時に、60歳を過ぎても眉間にしわが一つもないことに驚嘆しました。その方は私の眉間のしわがとても気になるとご指摘くださいました。生活が顔に表れているのだと。そこで、気がついた時には必ず鏡に向かって笑顔を作ることにしました。迷信だと笑われるかもしれませんが、暗い顔や怖い顔をして、悪い運気をわざわざ呼び寄せることはないと考えたからです。最近はそれだけでなく、オフィスのデスクに鏡を置いて、笑顔を忘れないように努力しようと考え、早速鏡を買いパソコンの隣におきました。ついでに自宅のパソコンの横にも鏡を購入し置いてあります。笑顔のチェック!眉間にしわがよっていないかチェック!

将来、コンサルタントを目指す自分としては、第一印象がとても大切です。“怖い人”“話をしにくい人”にならないように、性格の良い面が顔にでるように、自分のあるべき姿を“見える化”する必要があります。そのイメージを持って日々鏡に向かい、反省を重ねて、あるべき姿に近づけよう。これが、自分のブランディングの重要な要素になりました。

実は、ブログを立ち上げる時、プロフィールに自分の写真を載せようかどうか最初は迷っていました。しかし、今書いたように、あるべき姿の“見える化”による自己啓発と、世界にひとつしかない自分の顔の写真を載せることで他にはない自分の個性を出すことになるのだと考えました。過去にとってある写真を数枚見てみましたが、ほとんどが証明書用の写真で、あるべき姿”を反映しているものはまったくありません。この際、“見える化”に投資しよう、プロの写真家にとっていただこう、と決心しました。決心できたのは私の911から2週間以上過ぎた頃で、50歳の誕生日の3日前でした。プロの写真家をなんとか探し出し、撮影のアポがとれたのが9月29日、なんと40代最後の日でした。

さて、撮影の日までに、具体的に自分のどんな性格を写真で表現してもらいたいか考えて、プロの方に伝えなくてはいけません。特に、定年退職をしたら(それまで会社勤めができたらですが)コンサルタントをしようと考えはじめているので、その目標にもあわせた“あるべき姿”でなくてはなりません。

かといって、写真で表現することにも限界があると思い、写真家の方には一言で“明るく爽やかで頼れるビジネスコンサルタント”と表現することにしました。

撮影当日、準備に2時間を要し、実際にとった写真は200枚以上だったと思います。できた写真を見て、どれが一番いいかをプロの方と選ぶのですが、驚くほど良く撮れていてびっくりしました。修正も何もしなくても、確かに、あるべき姿としたい自分の画像が2~3枚あったのです。さっそくCDROMに落としてもらい、スタジオを後にしたときにはすでに午後8時を回っていました。「40代最後の夜、自分の“あるべき姿”を持ってこれから帰宅かあ」と感慨深かったです。ほんとうはどこか素敵なバーにシャンパンでも飲みに行って祝杯をあげたかったのですが、食事療法中の為、アルコールはご法度。残念ながら、外苑前の246をとぼとぼ歩いて地下鉄に乗ったのでした。

ユニークな自分 - 外見と内面

ちょっと脱線しますが、本当にノアの洪水が起こってしまったら?最近、マヤの暦が終わってしまうので、人類が滅亡する?という騒ぎが中国であったとニュースで見ました。ノストラダムスの大予言もだいぶ前に日本では話題になったり、温暖化で南極の氷が溶けて、世界が水没するなど地球が危ないのでは?という話を多く聞きます。日本はそもそも地震が多い国なので、阪神淡路大震災や東北大震災で多くの犠牲者を出しました。いつかは関東・東海・南海大地震が来るので備えましょうというメッセージもたくさん聞かれます。日本では洪水よりも地震・火山噴火・津波で壊滅的状態になることが予想されますが、本当にそうなったとき、私には何ができるのでしょうか?同じビジネススクールを卒業した主人とよく話すことがあるのですが、生きる死ぬの危機が来たとき、私たちのような事務方のサラリーマンほど役に立たない職業はないねとしみじみ語り合います。現在、国内で衣食住の根本に携わっている人々が残ってくだされば、私たちのようなタイプは、手足になって働くことはできます。農作物が作れる人に野菜の作り方を学び、家を作れる方に家の作り方を学び、等々、生活するために最低限必要なことは、その道のプロに学ぶしかありません。都会人がある日を境に、突然、農業や漁業、林業に転向したところでできることは限られています。先ずは師匠から学ぶしかないですね。でも学んでから、自分たちの家を建てたり、食事を調達するのはできないので、教えてもらいながらやっていくのでしょう。サラリーマン言葉のOJT(on-the-job-training)です。いったいどんなことになるのか想像できませんが、生活の基盤を作っていらっしゃる方々への感謝がふつふつと沸いてくるのでした。日本という国に住んでいる私たちの生活の基盤を作っていらっしゃる方々に心から感謝し、機会があれば、外国からの圧力にめげずに勝ち抜いていく方法を一緒に模索したいと思います。

 

さて、元に戻りますが、4項目を含んだ文章を自分の素案として作ってみました。

「目が悪いのでしかめ面をしたり、わかりやすい表現を使おうと努力するがために表現が直接的なことがあるので日本人にしては性格がきついと思われることがありますが、明るく、やさしく、正直です。何事にも前向きに、準備を怠らず、自分のできることを通して世の中のためになるような生き方をしたいと思っています。」

と、書いてみて、あれ?と思いました。もしかしたら、外見と中味にギャップがある???

う〜〜ん。確かに。まだ比較的若いときに私を上司にしたことがある一部の人からは怖がられていたことがあるようです。そんなに怖かったかなあ?チームのためを思って真剣にやってきたことで、怖いと思われたり、プラン実行についての自分なりの思い入れがうまく伝わらないことはありました。今はどうなのかしら?反省をして、どうやって改善したいかを考えなければなりません。逆に、昔の上司で、腹の中は真っ黒なのに、笑顔を絶やさない人がいました。これはこれですごいスキルだと思います。一部の腹黒い人は腹黒さを隠すために、会社のシニアマネジメントからは信頼できる印象を持ってもらえる術を備えているのですね。脱帽です。

私はできるだけ内面の良さを外見からもわかるようにしたいと思いました。第一印象で誤解をされてしまうと、うまく行くこともいかなくなってしまいます。もっと若いころに気づいていたら、もしかしたら、もっと違った人生を過ごせていたでしょうか・・・?なんて過去のことを考えても始まりません。それに、年をとると、その人の人生が顔に出てくるとあります。今までの生き方、これからの生き方、両方の良い面が顔に出てくるように日々すごさないといけないですね。思わず机の上の鏡で笑顔を作ってしまいました。あと残り30年のキャリアの中でますます良い顔になるようにがんばらなくては!

ユニークな自分 − 構成要素

神道では、人種問わずすべての人々に創造主の魂が宿っており、それぞれの性格は四十八の神々のものと類似しているとされているようです。そうであるならば、個性は創造主が意味を持って作られたものですから、個性を大切にして世の中に尽くすことが大切となるはずです。日本では、他の人と同じ事をする、あるいは他の人と似ているといわれる事で安心することが多い時代がありました。しかしながら、最近はそのような時代ではなくなっています。ある意味、神様が作られた個性を大切にして、その個性が創り上げる豊かな文化が望まれる時代になったといえるのではないでしょうか。時々、個性と利己主義とを間違える方がありますので、個性とはなにかをしっかりつかむことが大切です。皆さんは、自分の個性とは何か考えてみたことがありますか?個性を考えてみるとき、自分とまったく同じ個性を持った人がこの世にいるかというとそうではないと思います。似ている方はいるかもしれませんが、まったく同じでしょうか?ですので、自分とはどいういう人間かを確認しすることによって、自分のユニークさ、独自性が見えてきますし、その個性の表現の仕方に留意することが大切なのです。

個性を形成する項目としてあげられる主なものには、1)外見、2)性格、3)長所・短所、4)人生の信条、5)学歴や職務経歴等がありますが、ここでは、学歴や経歴をはずしてみましょう。学歴は明らかですし、経歴は、以前述べましたが、記憶をたどって書き出してみればなんとかまとまるものです。1)から4)までについて、ちょっと極端な例を使って、一言で表すとどうかということを考えてみたいと思います。

例えば、ノアの箱舟のお話を知っていますか?地球に大洪水が起こってしまって、ノアとその家族、動物たちのつがいが大きな箱舟に乗って助かるという物語です。同じようなことが起こって、数名の人たちが生き残ったとします。その時に、舟に乗っていない人たちでも生き残った人たちが存在していて、その人たちに自分を紹介する時のことを想像してみます。日本人であるとは限りません。否、日本人でない確率の方が多いですね。世界保健機関(WHO)によると、2011年世界総人口は68億6千万人ですが、日本人はそのうちの1億2800万人(2011年世界銀行)だそうで、全人類の約1%でしかありません。多分、出身校がどこで、どこの会社で何をしてきたか、なんていうことを話しても???ですし、そんな状況での学歴や経歴は意味を持たないのではないでしょうか?何故なら、家も財産も仕事も、すべてがなくなって、これからどうやって生きていくのかを考えなければならないと思うからです。学歴や社歴を説明するより、自分の人となりや何ができるかを知ってもらうほうがそれからの生活にかかわっていく人たちにはずっと理解してもらえます。ですので、これくらい極端な環境を考えて、自分がどういう人間なのかをどう説明したらいいか考えて見ましょう。

例えば、サラリーマンだった人の簡単な自己紹介としては、「見た目は厳しそうですが、結構優しくて、人と接するのが好きで、明るく、できるだけ人のために何かしたいと考えています。ただ、口下手なので、うまく自分を表現できません。理解できないことがあったら真摯に受け止めますので、是非アドバイスをお願いします。」たったこれだけのことですが、上記4点の要素はきちんとカバーできています。外見は“厳しそう”、性格は“優しく、社交的で、明るい”、人生の信条は、“できるだけ人のために何かしたい”、弱みは“口下手”、強みは、“アドバイスを真摯に受け止める”ですね。この文章ができれば、そこからそれぞれの4項目について掘り下げていけます。そうすると、自分のひととなりを項目ごとに説明するより、わかりやすく整合性がとれたものになるはずです。これに、“何ができるか”を加えるのですが、例にあげた“ノアの洪水”の後では、大工さん、漁師さん、「私は家を造ることができます」、「私は魚をとることができます」、等々生活必需品を提供できることを加えることになるのでしょう。

ブレイクスルー

アクションが中々とれないスタッグナントな状態でいる間に、とにかく、何か新しいことを始めなくてはと強く思いました。できることをすぐやらなくては!身近にあることで何か新しくできないか考えました。社内の活動?社外の読書会や勉強会に参加?色々考えたところ、社内で数ヶ月前に立ちあがった、女性社員啓蒙活動があることに気付きました。最初は、上司の手前、一応参加表明という消極的なものでしたが、その活動にボランティアとして登録してみました。その活動は、すでに本社や日本以外の現地法人で開始されていたのですが、やっと日本法人にも立ちあがったとのことでした。ボランティアに登録して数日後、その活動のコアメンバーから2012年の活動のリーダーを一回やってもらえないかとの打診が来ました。活動内容は“他の部署のことをもっと知ろう”とか“子供を持つ人たちの集まりを増やそう”とかありましたが、どちらもピンときませんでした。唯一つ“ゲストスピーカーイベント(社内・外からスピーカーを呼んで講演会を主催するイベント)”があったので、そのイベントを3ヶ月後の10月にさせてほしいとお願いし、承認を受けました。スピーカーをどなたに?自分なりに色々考えた結果、「そうだ!大学院の先輩で慶応大学大学院メディアデザイン研究科の石倉洋子教授にお願いしたらどうだろう!」と強く思ったのです。

彼女とはたまにバージニア大学のダーデン校同窓会でお会いしていました。とても意欲的で国際的な色々な活動にも参加しており「会うだけでインスピレーションをいただけそう」と考えました。この閃きが今現在の私の短期目標決定に寄与するとはその時はまったく思いませんでした。“何かをしなければだめだ”という思いだけで起こした行動でした。

 

皆さんも、何か行き詰ってしまっている時にはとにかくすぐにできること(どんなに小さなことでもいいので)を探して、見つかったらすぐ始めてみるといいと思います。結論が出るまで待っていると、ただいたずらに時間が経ってしまいますし、やりたいと思う意識も薄れてしまうことが多いですね。自分の経験から本当にそう思います。“鉄”ではなくて、“思い”が“熱いうちに打て”でしょうか?

 

それからの変化のスピードはとても速かったと思います。7月頃に石倉先生に連絡をし、10月の日程を抑えてもらいました。講演の内容についてのやりとりをメールで行い、9月11日に弊社へお越しいただき、講演前の最終打ち合わせを他のボランティアメンバーと行いました。打ち合わせ後、お忙しい先生にお願いし、ランチを一緒にしていただくことにしました。打ち合わせの中でもものすごいインスピレーションをいただいたのですが、ランチの時は、特に、行き詰っている自分の現状を打開したいことについて相談しました。思っていた疑問点にはズバッと答えていただき、もやもやとしていたアクションについても背中を押された形になりました。わずか40分ほどのランチタイムでしたが、中味が濃かったこと!あっという間に直近2〜3年の目標が立ったのです。911という数字は私の将来にとって大きな意味を持つことは間違いないと確信できました。まさにEmergency Call(日本の119番はアメリカでは911番)となったわけです。

「今年10月までにブログを立ち上げて、とにかくできるだけ多く情報を発信し続ける」

目的は、まず世の中の人に自分の存在を伝えるため。

そして、このブログ「革新と成長」が平成24年10月28日に立ちあがりました。インスピレーションをいただいて、次年度事業計画作成中というかなり忙しい時期にもかかわらず、1か月と2週間ほどで、構想や内容を含めて、自分のブログができたのは、それまで色々思い悩むことができたからだと思います。

短期目標への道

80歳まで現役で働くという長期的な目標はできましたが、これからの10年間をどう生きるかについて、まだ漠としたままでしたね。実はアクションを起こさなければならないと思ってから自分の中で迷いがありました。これからビジネスを専門として博士課程に行って勉強しても卒業して研究を開始するまでに5年以上かかると考えました。早稲田大学MBAプログラム永井ゼミのクラスやテンプル大学日本校で特別講義をしたことはありましたが、まともに認めてもらえる頃には60歳を過ぎるリスクありです。いくらやりたいことでもこれでは安定した収入は得られないですね。では、転職?どんな仕事に転職したいか?という質問にも、“いったい私には新し職場でどんな付加価値が提供できるのか?”という質問を返してしまいます。色々な事が出来てきてしまったので、一言で言うと何?と考えるとなかなか出てきません。そこで、今までやってきたことを棚卸して、resume(英語の履歴書)をアップデートしてみました。resumeは英語で書かれた職務経歴書のようなものです。すると、色々な経験の中で、マーケティングに携わっている経歴が長いことに気付きました。一時は小さな会社の経営もしましたが、人さまに対して何か付加価値を提供できる分野はマーケティングだと言えると思えました。たた、巨額のメディア予算を投資して、マスマーケティングを行うことには経験がありません。マーケティングノウハウを提供することの中でマスマーケティングがどれだけ必要になるか考えてみましたが、なんのなんの、これからの世の中は大量生産・大量消費の時代ではなく、個人がその個性に合わせたものを買い求める時代だと考えますので、マスマーケティングよりも、“個”のマーケティングが発展する可能性が多いと読んでいます。また、マスマーケティングはそれこそ大手消費者商材会社が自分のスタッフを教育してできるのですから、外部からそのノウハウを提供してもらうことを期待していません。結果、心配はないと思いました。

ここからが自分のブランディングの開始です。専門分野をマーケティングとセットしたので、resumeをもう一回見直し、マーケティングの内容がもう少し際立つように書き換えなければと感じました。略歴だけではなく、経歴詳細のお問い合わせが来た場合に渡せるように、しっかりと何故マーケティングが専門になりうるのかが簡潔にわかるようなresumeを作っておかなければならないのです。Resumeをアップデートさせることは、つまり、自分がマーケティングのプロだと世の中のだれかに知ってもらう準備です。ヘッドハンターから連絡をもらってもしっかりと渡せる状態にしておかなくてはならないわけです。とはいえ、実際連絡があった時にはアップデートが間に合わずあたふたしましたが。さて、自分の勤めている会社での自己の成果の発信はというと、もちろん、通常の業務の中でブランディングしていく必要があります。会社の同僚や上司から、「こんな風に見てもらいたい」と考えるのですが、会社の中だけをみているだけでは足りません。外の世界に自分を発信しながら、知識の中味をブラッシュアップしていくことが必要です。また、会社の中では、その分野の専門性だけでなく、政治的な考え方も必要になります。会社での仕事は頑張るにせよ、先ずは純粋に専門分野での経験を外へ発信したいと考えました。さて、いったいどうやろう?具体的なアクションとなるとすぐには結論がでず、漠然としていたのです。本を書く?ブログを立ち上げる(でもいまさら)?会社の仕事に追われてそんな時間なんてない・・・。

数日間はこんな感じでした。

いつまで働きたいか?

人生の基盤がはっきりしましたのであとは、“幸せ”な人生をどのように維持し続けるか、アクションが必要となります。精神的・肉体的な健康については、玄米、野菜と魚を中心とする食養生と毎日の13000歩のウォーキングを中心に、趣味のフラメンコや乗馬、週一回の筋力トレーニングで、身体を鍛えます。また、身体が思うように動かなくなってきても続けられるようにと一昨年前からフラメンコの歌も習い始めました。これは声を出すことで精神的にも健康を維持できると思っています(しかもボケ防止にもなりますし・・・)。

心の平穏を保つためには、何事にもありがたいと思える感謝の気持ちが一番だと思います。私は喘息で苦しんだことがあり、呼吸をすることがとても困難な状態になることが多々ありました。箸の上げ下げや、ほんの少しの食事をした後に苦しくなるくらいでした。歩くこともできず、トイレに行ったあとは7〜8分呼吸困難になり、横になると苦しくて寝れない為、椅子に座ってできるだけ痰がはけるように努力する日々が続きました。携帯電話はいつもそばにあり、いつでも119番がかけられるようにしていました。「こんなに苦しいのであれば死んでしまいたい」「こうやって私は死んで行くのだろう」と思ったことが何回もありました。そんな経験をすると、呼吸ができること、眠れること、食事が問題なくとれること、朝問題なく目が覚めること、等、あたりまえだと思っていることに心底感謝できることができます。

また、別の角度からですが、心の平穏を保つためには会社でも友人からでも、どんな事を聞かされても、「ああこれは私の為にわざわざ言ってくださっているんだ。ありがたい。」と思えば、心の波が立つこともないでしょう。

もうひとつの人さまへの思いやりの心ですが、これも日々の生活の中ではとても大切です。会社でも街中でも、困っている人がいればできるだけ手を差し伸べさせていただく。会社で困っているのは新人が多いので、できるだけ声をかけてあげる。ちまたでは、やはり、高齢者の方に目が行きます。エスカレーターで意識がなくなりそうになって倒れかかった初老の女性をだきかかえてしばらくその場で様子を見たこともあります。人さまを大切に思う気持ちを実践できれば、また、人さまからも同じ波動が返ってくると思います。give and takeではなくてgive and giveですね。見返りがなくても、「天の蔵に徳を積んでいる」と思えばいいのではないでしょうか。死後の世界があると信じられると、今世で返ってこなくても、昔の日本人が良く言っていたように“おてんとう様がみてくれているのだから”と心は平穏に保てます。

 

さて、難しいのは、経済的な独立です。どんなに年をとっても経済的にある程度の独立を保つためには、いつ頃まで働かなくてはいけないか?あるいはいつ頃まで働きたいか?でしょうか?そう考え始まると、いったい私はいつまで生きる可能性があるのか?という疑問にぶつかりました。平成23年の簡易生命表によると、日本人男性の平均寿命は79.44歳で女性は85.90歳とのことです。私は女性なので、はたして86歳ごろで死ぬのでしょうか?いやいや、そんなはずはありません。86歳は“平均”寿命なのですから、それより早く死ぬ人もいれば遅く死ぬ人もいるわけです。早く死んでしまったら、それはそれで寿命ですし、それまでの蓄えはできているはずですので、経済的問題はないはずです。ですので、86歳以上は生きるだろうと考えることにしました。それではいつまで生きるのか?ということですが、日本人の男性で115歳まで生きている方がいらっしゃるようです。ギネスでは世界一長寿と登録されているようですね。まさかそこまで生きないとしても100歳までは生きる可能性があります。日本経済新聞平成24年9月14日の記事に、100歳以上の人口は5万人を超えているとありました。これからの医療の発展・福祉の充実でさらに100歳以上の人口は増えると考えられます。私自身100歳まで生きる可能性がないとは言えないのです。100歳までいきるのであれば、できるだけ長い間にしっかりと収入を得ておかないと私の求めるQuality Lifeに危機が訪れかねません。なぜなら、私がもらえるであろう年金は退職してから10〜20年で終わってしまう可能性があるからです。寿命の続く限り“幸せ”な人生を送りたいのであれば、しっかりとこれからのキャリアプランを作らないといけないと思いました。

さて、100歳まで生きると考えると、今の私は、まだ人生折り返し地点に来たばかりです!なんと朗報でしょうか!転換期にあたり自分の人生を考えた結果やりたいことが増えてきた私にとって、あと50年はチャンスがあるわけです。「先は長いぞ〜」というわけで、ではいつまで働いて稼ぎたいか?ということについて考えました。健康でなくなってしまえば働くことはできなくなりますので、大前提は健康維持です。ありがたいことに両親は健康で元気に過ごしていますし、最近、国政に乗り出した石原慎太郎さんもすでに80歳を過ぎていらっしゃるので、彼らをみならって80歳くらいまでは働き続けたいと目標をセットします。

 

就職活動をしている皆さん、または、転職を考えている皆さん、やりたいことさえあればまだまだ時間はあります。張り切っていきましょう!

人生をどのように生きていきたいか

どんな人生を送りたいかと聞かれれば、「幸せな人生を送りたい」と誰でも思いますよね。幸せな人生ってどんな人生でしょうか?これを考えることが最初の質問に答えるための基盤となりました。50年の人生を振り返ってみると、3つに集約されます。

1)心身の健康

2)平穏

3)経済的自立

当たり前ですが、なにはともあれ心身ともに健康でなければ2)も3)もありえません。営業職をしていた時は短期的な成功の為に不節制は当たり前だと思っていました。若いうちは大丈夫ですが、数年後に正直な身体は悲鳴をあげます。私の場合、“若いうち”というのは32~33歳ぐらいだったと思います。身体が悲鳴を上げ始めると、精神的にも落ち込みます。痛みや苦しみを伴うようになると尚更です。一旦体調が悪くなると元に戻すのに時間がかかります。私の場合、薬で対処療法を行って、本当は身体の状態が悪いのに、無理をして身体を使うことに疑問を感じ始めため、食事や生活習慣を改善して根本的に体質を改善する方法に切り替えました。とはいえ、この結論に行きつくまでに10年ほどかかりましたが。

 

2)の平穏というのは、争いごとがない平和な日々がおくれることです。家族・兄弟、親戚、会社の中で争いごとがあると本来やらなければならないことができなくなります。争いごとの場合は特に精神的に攻撃的になったり、他人の言動に対して否定的になったりと、良いことはありませんね。とはいえ、自分が平穏でいても、自分以外から争いごとをふっかけられることもあるでしょう。そういう時、相手は変わりませんから、自分ができるだけそういう状態をうまくかわすしかないですね。対立の想念を出してしまうと、相手がさらに対立の波動を出してくる傾向があります。注意して、できるだけ平穏な日々を過ごせるように努力したいです。穏やかで思いやりのある人間になることは人生の基盤だと信じています。

 

経済的な自立とは読んで字のごとく、経済(金銭)的な物事はある程度自分でコントロールできる状態、つまり、金銭的に安定しているということです。お金持ちになれればそれにこしたことはないですが、お金持ちにならなくても、日々の生活に困らないくらいの経済力は誰に頼らなくても持ち続けたいと思っています。”日々の生活に困らない基準”とは私にとって、現在の衣食住を維持し、精神生活の為に、できれば趣味は続けられる状態です。少し贅沢でしょうか?

 

ちょっと脱線しますが、私の両親の世代は、「女を働かせる男は甲斐性がない」といって、結婚後、男性は、女性を専業主婦にさせないと、自分が頼りないと思われると考えていた方々が多いようですが、今は、男性だけが働くことについてはリスクが多すぎます。突然、ご主人がリストラされたらどうしますか?子供の養育費は嵩むものです。政府の「子供手当」やその他税金で賄われるサポートに頼っていることはあまりにも不安定ではないですか?老後は年金だけでは生活ができないので子供に頼らざるを得ませんか?経済的な自立は私には不可欠な基盤となっています。

 

この3つの基盤は死ぬまで確固たるものにしておきたいと思うので、維持するための努力は惜しんではいけないと考えます。

人生の転換期

MBAを取得し、大手外資系消費者商材製造会社へ勤めてから、かれこれ20年経ちました。その間、ファイナンスからマーケティングへ異動したり、働く国がかわったり、3年間会社を離れて自分で事業を興したり、体調を崩したり、ととにかく色々な事を経験しながら今にいたります。一番大変だったのは、この数年、体調を崩し、体力もなくなり、精神的にも打撃を受けたことでした。こればかりは自分の力ではなんともならず、生活の仕方を改善し、とにかく心身ともに健康を取り戻すことが目標でした。

 

そんな状態でしたので、キャリアについても、現状維持が目標でした。一般的に守りに入ると弱いもので、どこまで守れるか自信がなくなり将来が不安になっていました。成果を上げることができなくなり、このまま現状維持だといずれはリストラされるだろうという危機感もありましたが、体調が悪いと仕事もどうにもなりません。休まなければならない日をできるだけ少なくすることが大切でした。こんなことではいけない、と思いながらも中々前に進めない日が続いていました。

 

さらに、企業年金制度の変更や、早期退職一本釣り(人事が一人一人に声をかけて退職を促す)手法により先輩達が一人二人と辞めていく中、自分の将来がいったいどうなるのかについてさらに不安要素が増えてきました。特に、昨年は50歳の節歳を迎え、いよいよ今後の生活を考えていかなければならなくなったわけです。

「いい加減に自分の人生の事についてもう一度考えなければ。このままで良い訳がない。人生の再スタートのつもりで大転換し、打って出よう」と決意を固めました。

 

大転換するにも何をどうしよう?ということで、先ずは下記の3点について考えてみました。

1)これからの人生をどのように生きていきたいか

2)これからの10年でどのように、何を達成したいか

3)いつまで働きたいか?

 

もし、読者の中に今就職活動をしている、あるいはし始めている方がいましたら、この3点はいくつになっても考え続けなければならない事だと思うので(男性・女性関係ないですよ)是非早いうちに考えてみてください。

また、私がこの数年で経験しているような状態から脱せない方、まだ遅くはありません。是非、もう一度自分の人生について考えてみることをお勧めします。理由は?人生に前向きになれるからです。この3つの質問に答えられるようになると、どんどんやらなければならないことが見えてくるはずです。

 

ちょっと脱線してしまいますが、個人的に、人生は死んでしまうと終わりだと思うのは間違えだと思います(霊感が強いのでわかります)。魂は生き残って、別の世界でさらなる修行を積んでいく。何のために?勝手に思うに宇宙の偉大なる力と一体化する為だと思います(手塚治虫の「火の鳥」という漫画ご存知ですか?あの中にある1シーンのイメージです)。

今なまけてしまったら、きっと、死んでからが大変ですよ。(笑)

自分のポジショニング

私の強みが生かせて仕事ができる環境はどこ?

自分が今まで学んできたことをたくさん使って仕事をしたいと思ってはいましたが、男性と同じように働かせてくれる可能性があるのはアメリカにある日本企業(建設業)?それとも日本にある外資系企業(消費者商材販売)?アメリカにある日本企業は短期的には私のWINになるかもしれませんが、日本の本社が現地法人の現地採用の日本人女性をどう扱っていくかについてはリスクが高いと思いました。外資系企業の日本法人では、日本人が多く働いているがために、アメリカで学んできた価値観とビジネススクールで学んだ経営学をどれだけ使えるか疑問でした。マネジメントはアメリカ人でも、すべての人がビジネススクールを知っているわけでもなく、また、日本人の男性社員はやはり“日本人”なのでやはり女性としての努力を強いられるのではないか。一長一短でした。最後の決め手になったのは、“もし仕事で成果を出して、ある程度のポジションになれるとしても、そこで自分の意見を発言したときに、どちらの会社が耳を傾けてくれるか?」「アメリカと日本の文化の両方を知っていてここまでやってきた私の価値をどちらの企業がより評価してくれるだろうか?」という二つの自問でした。業種はあまり関係なかったわけです。

結果、私は東京へ戻ることを決意しました。

 

入社してから、いくら外資系とはいえ、中はこてこての日本企業であることを知り、ある程度は覚悟していたものの、愕然としたこともあります。それでも、日本人vs. 外人という構図が出てきてしまうときには、良いか悪いかは別にして、一応、日本人の中には入れてもらえています。

私が自分の基盤となるポジショニングとしていたのは、「日本人と日本文化をきちんと理解しているしっかりとした日本人でしかも日本人ではない方々の考え方もわかる英語が流暢に話せる女性」でした。変な日本人というレッテルを貼られてしまうことは強みが生かせなくなってしまう、つまりどちらからも受け入れられない存在になってしまうということです。そうなってしまったら、起業しても顧客に受け入れられない、あるいは起業もできなくなるのではないかと心配しました。ですので、現在もこのポジショニングは維持したいと考えています。

 

そういいながらも、数年に一回は自分自身を取り戻すためにアメリカへ行きたくなります。自分が学んだ街を訪れ、友人に会うことによって、忘れかけている自分自身を取り戻して、「またがんばろう!」と発奮できるからです。私にとって、日本はどうしても、自分自身をある程度殺さざるを得ない場所になってしまっています。

それでも、日本にずっといたいと思うのは、この国が好きだからですね。だからこそのポジショニングです。

“私は日本人です。しかも、日本人以外の方々の考え方も英語で理解できます。”

大学院での就職活動

ブラックマンデーを経験してからMBA取得のために再渡米をしたわけですが、卒業するまでの間に今度は日本のバブルがはじけました。就職難の時代が来たわけですが、「先に足を洗っておいてよかった〜」をその時心底思いました。とはいえ、今度は卒業後の自分の生き方を見直す必要がでてきました。目標は「一国の主」のままでしたが、そこへ行く前に必要なステップには、大きく3つあったのです。卒業後すぐに会社を興すほどのビジョンはまだありませんでした。ですので、1)短期間のリスクはあっても高収入で贅沢ができる金融業界に戻る、2)物つくりを通して世の中に貢献する製造業に転向する(低収入のリスクあり)、3)その他、なんでもやってみる(不安定な収入の可能性あり)、という選択肢です。

 

既に現在勤めている会社でインターンとして働いたことがあったので、その企業も候補でした。金融業に比べて、いい人たちが多いし、業績が安定していることは魅力でした。競争の厳しい金融業の中であとどれくらいがんばっていけるのか、不安なこともありました。でも高収入も捨てがたい・・・。

 

就職活動をしながら修士課程を取得するための勉強をするのは大変でしたが、仕事が決まらないと、MBA取得に費やした学費の回収ができないし、そもそものゴールである起業ができないとかなり必死でした。就職活動で四苦八苦している私たちとは別に、起業派遣でMBA取得を目指している人たちは、悠々自適な生活をしているように見えました。春休みや夏休みは旅行三昧。あとは勉強さえしていれば、卒業後にアメリカの支店で研修を終えて帰国するだけです。当時の日系企業は今から考えると企業派遣で来ている学生の多くは男性でした。女性は私の知る限りみな自費。自分で稼いでためたお金を自分に投資していました。

 

とにかく、色々な企業の方々と会って話をし、ニューヨークやロスアンゼルスまで飛行機で飛んでいって面接をして帰ってくることが多くありました。業種もバラバラでしたし、兎に角、仕事をしなければ食べていけない。目標どころではなくなっていました。

 

卒業まであと4ヶ月にまで迫ったある日、東京から電話がありました。インターンをさせていただいた外資系企業の日本法人からの内定の連絡でした。ほっとしたあと、ロスアンゼルスの日本企業現地法人からも連絡がありました。東京へ戻るか、ロスにとどまるか・・・。日本企業で働くか、外資系で働くか。

 

判断基準になったのは、日本で育ちアメリカの国籍を取得した大学教授の言葉でした。「自分の強みを生かせるのはどこでどんな企業で何をして働くことか?」日本人として育てられたことがアメリカに来て仕事をする上でプラスになっているとその方はおっしゃいました。さて私は?

目標設定

先日のブログ記事で「自分自身のブランディング」について書きました。その中で、「真実の自分を伝える」、「自分がどんな人間か、何ができるかを伝える」と書きましたが、自分がどのように変化していきたいかというゴールを持つことも大切です。そのゴールに到達するために、持っているものを最大限に表現し、逆に今の自分にはないところを努力して埋めていかなければなりません。

 

私の場合、大学を卒業したころは投資銀行に勤めながらお金をためてMBAを取得し、兎に角色々な経験をつんで将来は一国の主になる!と考えていました。目標は「一国の主」つまり会社の社長になることでした。遅くても40代半ばで一回はやってみたい、リスクは多くてもリターンも大きいとてもエキサイティングな人生を送りたいと思っていました。父が自営業だったため、会社を興すことについての抵抗はまったくありませんでした。

 

MBAを取得したいと考えたのは、アメリカの大学に在学中。日本の女子校の推薦入学制度を利用し州立大学の文理学部3年次へ編入していたころです。卒業までに二年間の間に自分自身のいき方を強烈に意識するようになったのです。当時の日本ではどんな学部でも就職はできる環境にありましたが、アメリカ人の友達からは、「文学なんか専攻してどうやって生活をするつもり?」と強く忠告を受けることが多く、当時女性の仕事はお茶汲みが中心で、働いても2〜3年後には結婚して退職、仕事を続けるのは秘書が花形であり、だったため、女性に仕事をすることを進めて、「生活」を意識させられたのはとても幸運でした。文学部の学位では長い目で見て経済的に独立できないと確信した私は、とにかく、経営学修士課程をアメリカの著名大学院で取得することを目標においたのです。自分がいったい何をしたいのか?という問いに対して出した答えのひとつが、「経済的な独立」でした。そのためには文学部学士ではだめ。世の中がどう回っていくかを理解するためにはMBAという学位の取得が近道だと結論づけることができたのです。しかしながら経済や経営についての知識がまったくなかったため、大学の教授の薦めもあって、金融機関につとめることにしました。そこで、世界経済がどう動いていくのかを学ぶことにしたのです。

 

国の経済を左右する金利、ある意味“国力”を示す外国為替、個々の企業の業績が行方を左右する株式市場。くまなく学んで、カナダの投資銀行債権トレーディングを経験しました。当時はバブルが大きく形成されていることで、この活況はずっと続くと誰もが信じて疑いませんでした。

しかしながら、NY市場のBlack Mondayを経験します。大暴落後に一人、トロント株式市場で自分のお金で株を買っていました。こんなに安いのは買い時!ととても小さな規模でしたがあえてカナダの銀行株を買いました。上司は、「だれがこんな日に注文をいれたんだ!キャンセルしろ!」と激怒していました。しばらくして、あまりのロットの少なさと誰が注文を入れたのかわかり、顔を真っ赤にして怒ったまま「お前はcrazyだ」と言って、そのまま帰宅していったのを覚えています。

 

さて、ブラックマンデーを経験したあと、日本や海外にいる同僚や友達がどれだけ解雇されたかしれません。アメリカの著名投資銀行も生き残りのための統合を余儀なくされていました。“もしかしたら、金融業の未来は明るくないかもしれない”と、その時漠然と思ったのを覚えています。2〜3年以内にMBA取得のためにアメリカに戻るほうが良いかもしれないと考え始めたのもそのころでした。

 

時間をかけて、目標と現状のギャップを縮めていく間には色々と世の中が変わっていくものです。何が変化しているのかを確実に捉えながら、その変化に合わせていけるように、目標は変えなくても考え方を柔軟に保つことは必要ですね。

心 - ラフカディオ・ハーンを読み始めて

先日NHKのある番組で、小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)が持っていた日本人観の話をやっていて、「なるほど・・・」と関心した後に、たまたま知人から、ラフカディオ・ハーンの「心」という本がすばらしいと聞き、早速購入して読み始めました。最近、体調が悪く途中までしか読めていませんが、それでも既に衝撃を受けました。

 

今の日本は、自動車や電化製品(洗濯機、冷蔵庫、テレビ、電話、パソコン)の普及、絹、綿にかわる安価な化学繊維等、産業革命後の物質開発により、衣食住が豊かになり、食べ物を含めていろいろな“物”があふれています。法律で男女平等も(一応)担保され、食生活や居住空間に西洋文化が根付いてきています。例えば先日行ったベトナムとは比較にならないほど生活水準が高いと思います。

 

しかしながら、このラフカディオ・ハーンの本を読み始めて、心に響いたことが既に沢山あります。彼が日本に来たのは1890年、明治23年です。「心」は英語で書かれ1896年にニューヨークで出版されています。短編随筆を集めたものですが、日本語の漢字が難しく、最初読むのに苦労したので、英語の本に変えて読み返しています。

 

最初の物語は、警察官が熊本駅に搬送されてきた犯罪者に被害者の幼い息子を対峙させます。公衆が静かに見守る中、犯罪者の心は動かされ、自分の犯した罪にその場で泣き伏します。日本以外の国ではこんなシーンはありえないのではないでしょうか。罪人に対しても、人の心に訴え、自らの改心を促す。当時の日本人にはあたりまえだったのでしょう。  それに比べて今の日本人は?

 

ハーンはまた次の章で、日本の国土と建造物、これとアメリカの大都会の建物と街の喧騒についても書いています。日本の国は地震を筆頭に自然災害が多く、そもそも同じ街の状態が永続することはない。みすぼらしい家に住んでいても、それはある意味、形あるものはいずれ壊れるため、お金をかけてもしかたがないということを魂で知っているというような表記だと思いました。食べ物は粗末なものだが、西洋人のように乗り物に頼っている人種に比べて、日本の高低の差が大きい土地柄で足腰を鍛えているため、ちょっとやそっとのことではへこたれない。等々・・・。

 

今の生活を捨てる必要はまったくなく、享受すべきだと思いながら、もう少し清貧な生活を取り戻し、過去の日本人が持っていた、自然との共存を念頭においた生活に変えることが、この国をさらに発展させることにならないでしょうか?自然エネルギーしかり。

 

「足るを知る」

日本酒のブランディング(2)

パリへ行き、製品価値の訴求ポイントさえしっかりしていて、3つ星レストランのおいしいフランス料理と日本酒がマッチングできることが確認できたので、日本酒が海外でも十分に販売できると確信できました。また、西洋料理にあうのはよりアロマを楽しめる吟醸酒でることも確認できました。次は、1)どのようなポジショニングで販売するか、2)どの国をターゲットにするか、3)どれだけの時間をかけて定着させるか、について具体的に考えました。

 

1)高級ワインとしての大吟醸

-       したがって販路は地元高級レストラン

2)言葉の問題がない英語圏

-       候補地はアメリカ、オーストラリア、イギリス

3)3年を目処にブランディング

-       短期のセールスを追って安売りはしない

 

アメリカは既に大量の日本酒が仕入れられており、著名なレストランには入っていることがわかったため、断念。イギリスは、食事に対してフランスやオーストラリアほど工夫をこらして楽しむ文化がないようなので、こちらも断念。オーストラリアは、たくさんの移民から成り立っていて、味については柔軟性があるのと、東洋と西洋がまざりあったモダンオーストラリア料理が台頭してきており、まだまだ日本酒の進出が遅れていることからブランディングをするには最適と考えました。幸い、クライアントである北陸の地酒店の関連会社がオーストラリアワインを日本に輸出していることから提携することができるため、渡りに舟の状況でした。

 

オーストラリアにターゲットを絞れたので、あとは、高級レストランとタイアップして、そこで育てていこうと考えました。モダンオーストラリア料理といわれる有名店を食べ歩くことは健康的にもコスト的にもあまりよいことではありませんでしたが、どのような料理を出すところと提供できる大吟醸酒の相性をそれなりにチェックするには、この方法が一番でした。

 

仕事に追われ、時間がなかなか作れなかったため、年末年始の休暇を使って、シドニーへ飛びました。さすがに、お正月に主人をほうってはおけないので、彼には“休暇”ということで付き合ってもらうことにしたわけです。おかげでその年は真夏のシドニー市内でカウントダウンを経験することができました。

MIT石井裕教授の講演会

11月27日にMITの石井裕教授の講演会に参加してきました。タイトルは「未来記憶」。タイトルをみるだけだと???ですよね?講演の内容は大きく分けて2つあったと思います。

A)常に価値観が変化する環境での生き方

B)創造する為のドライバー

A)についてはさらに2点に分けていました。

1)視座・基軸・原点

基軸や原点は対極的な考え方による破壊によって常に変化を要求され、特に基軸と対極の間にあるミドルグラウンド、あるいは、バランス点を探しながら進化させる

2)必ず起こる自然災害

安全神話による思考停止。東京電力が原発のメルトダウンを起こすにいたった理由の一つとされています。自然災害は必ず起こることを前提として、起こってしまったあとに、いかにすばやく立ち直るかが大切。完璧なものを考え作るのではなく、best effortで世の中に出し、批判をあびながら磨いていく。Resilient(柔軟性があり)でなお且つRobust(強靭)であることが要求される。また、SNSの役割について、持っている人と必要とする人をつなげる仕組みはどれだけの多くの方が助けられたか。

B)何が“創造”を可能にするのか?

この問いに対し、ピラミッド形状の中に上から1)Vision, 2) User’s need, 3) Technology と書いてあるチャートあり。出杭力、道程力、造山力が必要なドライバー。

この件ではツイッターでご本人のコメントをリツイートしました。

日本人は「出る杭は打たれる」と言って、人と違うことをしてはいけないと教えられます。しかし、「出すぎた杭は打たれない」とのお話。共感!道程力は高村光太郎の詩から来ています。「僕の前に道はない。僕の後に道はできる」未踏の道を歩む気概が必要。造山力はご本人がMITへ飛び込んだ後に気付いた事らしいですが、高い山を登ることが大切なのではなく、山自体を自分で造ってそれを登っていく力が必要。 

今まで、知らず知らず出る杭になってしまって、周りからたたかれて、いじけてしまっていた日本人の若者は少なくないと思います。その時、しっかりと自分の考えを持っている若者は「何がいけない?」と憤慨したり、屈辱を感じたりすることがなかったでしょうか?自分自身の考えに誇りを持てるくらいでないといけないですし、その誇りがあるからこそ屈辱を感じるはずです。その誇りと屈辱をエネルギーに変えて、情熱を持って自分で山を作り、その前人未到の山を自ら登っていく。孤高な生き方です。

これが石井先生流“変革と成長”です。

すばらしいことですね!私もそういう生き方を少しでもしたいと心から思いました。

また、先生のお母様のFBアカウントについてのお話もありました。これが、講演タイトルの“未来記憶”につながって行きます。お母様の死後に彼女の残した俳句をFBで配信する。先生のお母様への愛情が感じられます。肉体がこの世を去っても魂は残ると信じている私ですが、この世にも生きたあかしを残せるツールができたことは素晴らしいことだと思いました。私たちがすでに死んでしまっている2200年に何を残せているか。自分の人生を2文字で表すとどんな言葉になるか、真剣に考えたいと思いました。

講演会後、名刺をお渡しし、少しだけお話しすることができたことは私の一生の宝になると思います。

石井先生、これからもツイッターでも人生でもフォローさせていただきます。よろしくお願いします!

14年ぶりのハノイ

3泊5日でハノイへ行ってきました。14年ぶりだったのですが、高速道路が増えたこと以外あまり変化がわからなかったことにびっくりしました。近代化した建物は増えていたのかもしれませんが、人々の暮らしはそんなに変化していないのでは?

 

ハノイ市内の道路には信号がほとんどなく、とてもたくさんの単車に乗った方々が、交差点では止まらず、自動車の動きを見ながら徐行して右折や左折をしています。単車には通常2人、子連れは大人2人、子供2人の合計4人まで乗れます。自転車や単車に、「そんなに荷物積んだらあぶなくない?」というくらい荷物を載せて走っています。

 

交差点ではとにかくクラクションを鳴らさないと気がすまないようで、とにかく騒がしいのと、歩道は単車の駐車場になっていて、歩行者が歩くのが大変。お店も商品を道端に置く、ローカルレストランはいすとテーブルを歩道において、埃の立っている歩道で食事をする。

 

地元のガイドの方は、私たち一行にホテルやちゃんとしたレストランで食事をすることを薦めてくれました。そうでないと、お腹をこわすということらしいです。それよりもなによりも、路上では落ち着いて食事ができないと思い、地元でいうところの高級レストランでしか食事をしませんでした。

 

人々の暮らしが、14年前に比べてそんなに豊かになっていないのはなぜなのか?1つは電力供給がまだ十分でないため、産業が活性化できないからではないかと推測していました。そう思っている矢先に、ホテルでとある先生にあいました。3週間、ハノイ工科大学で特別講座を開いているということでした。後で調べたところ、原子力発電の講義だったようです。(http://www.ne.titech.ac.jp/jinzai-hitachi/)

 

日本やヨーロッパで原発拡大の可能性が限りなく少なくなっている中、インフラの整っていない発展途上国をターゲットにしているのでしょう。原発でもうけている企業が早急にパラダイムシフトをする日が近いことを祈りたいです。

日本酒のブランディング(1)

海外へ紹介することになった日本酒は北陸地方の著名な地酒の1つでした。わからないことだらけだったので、とにかく、“情報を得るために人と会う”ことを基本にしました。とはいえ、基本的な「日本酒のつくり方」はネットで調べてからでしたが。

 

先ずは、その地酒屋さんに会って、歴史や商品ラインアップ等のヒヤリングをしなければなりません。一路、北陸地方へ飛びました。驚くことに、なんと、その飛行機の中で流していたビデオが日本酒を紹介していました。一時間弱ほどの短いフライトでしたので、出された飲み物もほとんどのまずに、ビデオを見ながら出演している酒店の名前、その店で販売している日本酒の銘柄、その日本酒が飲める店等々、たくさんメモをとりました。その後、宿泊先のパソコンを使ってネット検索をして、直接会って話せる機会がないか色々と調べました。

 

どうやって行き着いたのかはっきり覚えていないのですが、とうとう、その酒店主催の“フランス料理と日本酒のマリアージュ”的な食事会に申し込むことができました。場所は市谷のオーグウ ドウ ジュールで、

その酒店の名前はせがわ酒店です。

 

フランス料理といえば当然のことながらおいしいワインを飲むのが定番だと思います。なのになぜ日本酒?日本酒は日本料理だけにあうのではないの?どんな日本酒がフランス料理と合うのだろう?興味がふつふつと沸いてきました。そして、その夜、日本酒の関係者の方々と運命的とも言える出会いがありました。はせがわ酒店の社長の長谷川さん、そして、フランスの3つ星レストランデビュー(オンメニュー)を果たした“醸し人九平次”というお酒を世に出した(株)萬乗醸造 久野九平次さんです。

 

その九平次さんが近々、パリのホテルで試飲会を行うという話を聞き、是非参加させてほしい!とお願いしました。その3日後、「これは自分への投資だ!」とためてあったマイルを使ってパリ行きの飛行機及びホテルを予約したのです。クライアントにチャージするわけには行きませんでした。すぐに長谷川さんと九平次さんに連絡をとりました。最初は不安ばかりでしたが、これから新しいことができる!と意気込んでいました。

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